テレビ朝日で劣化ウラン弾話をしていましたので、早速見てみました。仙台で8月10日午前2時16分から46分まで放送された、テレメンタリー2005「埋もれた警鐘 旧ユーゴ劣化ウラン弾被災地をゆく」です。
番組は、セルビア・モンテネグロのビンチャ核科学研究所から始まります。ここには回収された劣化ウランや汚染された土壌がドラム缶などに詰められて保管されています。保管、といってもただ倉庫に積んであるだけなので、ガイガーカウンターが示す放射線の数値は毎時25マイクロシーベルト。ここの研究員の方々、放射線測定用のフィルムバッジや個人線量計を1人も付けていませんが大丈夫でしょうか。倉庫内に1年で2000時間(だいたい週40時間)いるとICRPの線量当量限度(放射線取り扱い従事者は年間50ミリシーベルト以内)を超えてしまいますが。
ついで劣化ウラン弾の紹介と、A-10攻撃機の機関砲射撃訓練の場面が映ります。もう少し着弾が散らばる映像を使ったほうが効果的な感じがしますが、本題から外れるので次行きます。
場面はボスニア・ヘルツェゴビナのハジチ市にある旧戦車・兵器整備工場に移ります。ここには1500発の劣化ウラン弾が撃ち込まれたということです。2002年にUNEPの調査が入り、汚染レベルは人体に影響が出ない程度だったとのこと。取材班がガイガーカウンターで地表(石畳の上)の放射線を調べると、毎時0.1マイクロシーベルト(周辺の3倍だそうです)でした。ということは、ここで24時間365日生活したとして、被曝線量は0.876ミリシーベルトなので、ICRPの一般人線量当量限度(年間1ミリシーベルト)に収まりますので、そういう結論になるでしょう。現在は家具などを細々と作っているとのことで、映像を見ると、工場の敷地内は雑草が生い茂っており、ひっくり返ったT-55の砲塔や砲弾・薬莢(注・劣化ウラン弾ではない)が放置され、窓ガラスも割れたままで稼働しているようには見えません。地雷も眠ったままとのことです。ということは内部に長期間立ち入る人も稀だと思われます。
ここで整備工場公社の社長が証言を行いますが、「劣化ウラン弾で遊んでいた1人の従業員が死亡した」(本当に劣化ウラン弾か、死因が何でいつ頃死亡したのかは不明)、「私も最近腹が痛くなるが、劣化ウランのせいでないかと思ってしまう」というかなり頼りない意見しか得られません。
工場周囲の住民はブラトゥナッツ市に疎開したということですが、3000人以上の疎開住民のうち1000人がすでにガンで亡くなったそうです。その1人として、肺ガンで亡くなった53歳の女性が紹介されます。彼女の親戚は「劣化ウランが原因なのは間違いない。放射能だ」と語ります。ハジッチの整備工場で働いていたというその女性の家族がレントゲン写真を手に、「左胸のところにシミがあるのがわかる?」と言いますが、手にしているのは腹部レントゲン写真です(発病前と言って提示する方が胸部の写真)。指し示しているところが左乳房下部のライン近辺だったので、さいしょは乳ガンなのかと思いました(だとしても撮影の仕方が違いますが)。さらに、「ガンが侵食していたんだ」と語り、黒っぽい部分を次々に指し示しますが、それは胃泡(要するにゲップ)と大腸ガス(要するにオナラ)です。腫瘍によって腸閉塞を起こしているような写真でもありません。なんで医療関係者に説明してもらわないんでしょうか。次にカシンド総合病院の院長のインタビューが出てくるので、レントゲンを持って行って解説してもらえば良かったのに。
重度のガン患者はボスニアのカシンド総合病院に紹介されるそうで、場面はそこに移ります。ハジッチの工場近くの人たちも多くが入院したとのことですが、取材時には1人もいなかったらしく、インタビューに答えた患者は別の町の人でした。
院長が示した統計では、1996年から2002年に、ガンが4.5倍になり、死亡率も同じように増えているとのことです。しかし院長の口から語られたのは、「多発ガンが増えている」ということだけで、劣化ウランが原因だとかいう話は一言も出てきません。また、ガンが4.5倍というのは発症率が4.5倍なのか、単に患者数が4.5倍なのか分かりません。一番重要なところが抜けていると思うのは気のせいでしょうか。
取材陣はセルビア南部のブラーニェ市プリャチュコビッツァ地区にある山のてっぺんに移動します。ここにはテレビ・携帯電話の電波塔があり、1999年に爆撃を受けたとのことです。映像を見た感じでは、使用されたのは誘導爆弾で、施設自体は要塞化されていないと考えられるのでBLU-119/B貫徹弾頭などは使用せず、通常爆弾にキットを取り付けたものと思われます。ところがセルビアによる2004年の調査では劣化ウラン弾49個が見つかったそうで(掘り出された機関砲弾の映像あり)、この映像とは別にA-10Aが機関砲弾を撃ち込んだのでしょうか?とすると陣地かなにかがあったのかな?確かに眼下にブラーニェ市街を見渡せる場所で、砲兵観測所としては良い位置ですが、近くに電波塔が立っているのでは目立ってしょうがない気がします。
いかん、また話が軍事にそれた(笑)。この山の中腹にはブラーニェ市の水源地があるとのことで、「2004年に撤去されるまでの5年間に劣化ウランが溶け出した可能性がある」とのナレーションが入ります。そして取材陣は劣化ウランの撤去が終わっていないというブヤノバッツ市ボロバッツ地区に移動してしまいます。あれ、ブラーニェの話はこれで終わり?その水源か市の水道水を採取してウラン濃度を調べたり、ブラーニェの発ガン率を調べたりはしないんですか?これだと劣化ウランと健康被害が全然結びつかないんですが。
さて、ボロバッツ地区では取材陣がガイガーカウンターを使用して線量を調べます。自然値として示された値は1時間あたり0.04マイクロシーベルト。そして、ダミーの戦車が置かれていたという窪地で測定すると、1時間あたり0.05-0.06マイクロシーベルト。なんだか誤差の範囲に思えますが。セルビア科学環境省の課長も「もっと精密な機械が必要ですね」とか言ってるし。
土に埋まった劣化ウランの危険性を示すため、場面はまたビンチャ核科学研究所に戻ります。ここで回収された劣化ウラン弾がプラスチックボトルから無造作に取り出されます。表面はところどころ黄色く酸化しており、土壌や水中に溶け出した可能性が指摘されます。にしても、取り出すときに粉塵は出なかったのでしょうか。みんなマスクしていませんけど。これにもガイガーカウンターが当てられ、線量は毎時3.3マイクロシーベルトでした。まあ劣化ウランそのものを測定しているわけだから、放射線が出ていて当然ですが。このとき「線量計の針が振り切れた」というキャプションが出ますが、線量計のメーターを切り替えて毎時10マイクロシーベルトまで測れるようにしておけば大丈夫だったと思います。繰り返し言いますけど、研究員の方も取材班もフィルムバッジは付けておいた方がいいですよ。あと、長袖の服と手袋もしておいたほうがいいですよ。線量が低いからいいけれど、下手をすると労災ですよ。
この流れで行くと、次は実際の土壌・水源での劣化ウラン濃度です・・・となるはずなのですが、舞台はいきなりWHOに飛びます。ウラン濃度測定法や、旧ユーゴ地区での測定値のデータはMedlineで引けるので、参考にしたら良かったのに。資料だけ採取しておいて、どこかの研究機関に分析を頼むとか。
さて、WHOの報告では劣化ウランによる人間への有害事象を認めていないとのことです。私が読んだのはまだ湾岸戦争関連の劣化ウラン話だけですが、明らかに劣化ウランのせいで人間のガンなどが増えたという論文がありませんので、そういう結論になってしまうでしょう。番組では、それに異を唱える元WHO専門官が紹介されます。この方の、劣化ウラン弾使用地域住民におけるガン発生の危険性が、WHO報告よりも高い確率で起こりうるという報告が、WHOによって隠蔽されたということです。
ここでいったん劣化ウラン弾の毒性について説明が入ります。劣化ウラン弾芯APFSDS弾がT-72戦車(砲塔左上部にダズラーが付いているので、T-72輸出型と思われます。砂漠が戦場なのでイラク軍配備の「アサード・バビロン」でしょう)に命中するCGが出てきます。ちゃんと装弾筒の描写もあって良くできていますが、弾芯後部の安定翼が戦車内部まで貫通しているところが間違い。安定翼はアルミなどの軽合金製なので、装甲板表面で砕け散ります。よく「劣化ウラン弾の破片が飛び散る様子」として、APFSDS弾命中直後の映像が出てきますが、実際に飛び散っているのは安定翼と思われます。それはさておき、命中後に戦車が爆発するCGも出てきますが、砲塔をもう少し派手に吹っ飛ばした方が実際に近いしインパクトもあると思います。T-72は砲塔の真下に自動装填装置があり、125mm砲弾の弾頭および薬莢が円形に並んでいます。T-72には砲塔バスケットがなく、車体にただ載せてあるだけなので、弾薬に誘爆すると砲塔が真上に吹き飛びます。アルゴノート社から発行されたフォトリポート・イラク戦争という本の68ページに、2階建ての建物の屋上まで吹き飛ばされたT-72の砲塔の写真があります。
すみません。また劣化ウランと関係ないところで気合いが入りました。続いて劣化ウランの毒性として、重金属としての腎毒性と、放射能としての毒性があることが説明されます。このへんは劣化ウラン弾の話その4に書いてあるとおり。ただ、重金属毒性をもつ劣化ウラン粒子と、放射能を持つ劣化ウラン粒子が別物であるかのような説明になってしまっているのが残念です。正確には、口から入った劣化ウラン粒子は血中から腎臓に集まる割合が多いので腎毒性が目立ち、吸入された劣化ウラン粒子は肺に留まる割合が多いので内部被曝による放射能毒性が目立つということです。
これに対し、元WHO専門官は、化学毒性と放射能毒性が相乗効果を起こす可能性について語ります。バイスタンダー効果(放射線により傷害された細胞の周囲の細胞も悪影響を受ける)の可能性も指摘しています。「劣化ウランにさらされた細胞には発ガン性を示す遺伝子の不安定性、突然変異などがみられる」とも説明します。確かに相乗効果の可能性もあるし、劣化ウラン投与で遺伝子に影響が出るのは細胞実験で確認されているのですが、実際に人間でガンが増えているかどうかに関してはコメントがありません。
続いて、WHO報告書の劣化ウラン放射能毒性部分担当責任者のインタビューが流されます。「イラクやボスニアには信頼できる疾病統計がないので、劣化ウランによる影響を把握することができない。正確な結論を得るには10年かかるかもしれない」というのがその内容です。確かにその通りで、とくにイラクは現在治安が最悪で、きちんとした調査など期待すべくもありません。また、被曝から発ガンまでには数十年かかることもあるので、これから何年も経たないと正確な報告は出てこないでしょう。
ここで被曝に関し、広島・長崎やチェルノブイリの話が紹介され、チェルノブイリ事故後に調査に当たった長崎大学の医師のコメントが紹介されます。「劣化ウランは今のところ理論的には健康に影響がないとされているが、本当のところはわからない。対応が遅いと言われても仕方がないが、それは国際社会の限界である」というコメントです。確かにいままで論文が出ていないからといって、これからも100%安全だとは言い切れないし、アスベストみたいに20-50年も経って発症することもありますから、今後とも調査を続けていくことは必要でしょう。
ついで、米軍将校が1943年に出した報告が紹介されます。その中の「恐るべき」文章として、「放射性物質を吸い込んだ人間1人を死なせるのに必要な量はきわめて微量である」というのが訳として紹介されますが、なんとなく意味不明。「吸入により人間1人を死なせるために必要な放射性物質の量はきわめて微量である」ということでしょうか。画面に映されるもとの英文は左右が切れているので、ほんとうに「放射性物質」の「吸入」なのか確認できませんでした。ちなみに、その放射性物質が「劣化ウラン」だとは言っていないし、番組でボスニアやセルビアにおける大気中の劣化ウラン濃度を調べてもいないですが。
最後に、旧ユーゴの劣化ウラン弾使用地域のそばにある井戸で、劣化ウラン濃度の監視が行われていることが紹介されて番組が終わります。でもどのくらいの濃度かは説明してくれません。
この番組からわかることは・・・
・ユーゴ紛争、コソボ紛争では劣化ウラン弾が使用された。
・劣化ウラン弾や周囲の土壌は一部が回収されて倉庫に貯蔵されているが、管理状態は不十分。
・劣化ウラン弾で破壊されたハジチの整備工場で働いていた1人の女性が肺ガンで死亡し、家族はそれを劣化ウラン弾のせいだと考えている。その工場の社長は、従業員の1人が死亡した原因や、自分の腹痛の原因を劣化ウラン弾のせいと考えている。整備工場の敷地では、劣化ウランのせいかどうかは調べていないから分からないが、地面から出る放射線量が通常より3倍高い。
・ハジチからブラトゥナッツに移住した住民のうち、約3分の1がガンで死亡した。
・カシンド総合病院では、1996年から2002年まで、ガンが4.5倍に増えた。多発ガンが増えた。
・ブラーニェ市郊外の山頂にある電波塔周囲に劣化ウラン弾が撃ち込まれた。その山の中腹には市の水源がある。
・バッツ市ボロバッツ地区には劣化ウラン弾の調査・回収が進んでいない地域がある。
・土中に埋まった劣化ウラン弾は、酸化して土壌や地下水に溶け出す可能性がある。
・劣化ウラン弾には重金属としての毒性と、放射能毒性がある。
・WHO報告書で劣化ウランによる健康被害が否定されているのは、信用できる統計報告が出ていないためである。
これで劣化ウランと健康被害の関係がわかりました。という人はいませんよね。問題は、劣化ウラン弾と健康被害の間をつなぐ証拠が乏しいことです。住民の生活環境中の大気、土壌、飲料水における劣化ウラン濃度、尿中劣化ウラン濃度、外部被曝線量を調べてくれれば多少のフォローはできますが。医療関係者や元WHO専門官から「劣化ウランにより、ヒトでの発ガン率が上昇したと考えられる」という発言が出てこないというのは説得力に欠けると思います。また、劣化ウランからの放射線によるガンの発症を強調しているフシがありますが、ハジチから移住した住民の皆さんよりも多く劣化ウランからの放射線にさらされているはずのビンチャ核科学研究所(劣化ウラン貯蔵倉庫内の放射線量がハジチの工場敷地の250倍ある)の研究員や、ハジチの工場の一角で細々と家具を作り続けている従業員の方々の発ガン率はどうなのでしょう。あと、線量を測定するだけでなく、浴び続けるとどれくらい危険なのかも示して頂けると良かったと思います。ただし、ICRPの勧告を使うと、ハジチの工場の線量が有害レベルを下回ってしまうので、出しにくいかも知れません。
こういう番組では、放射線計測の際にガイガーカウンターが使用されますが、これは放射線の定量はできても何から放射線が出ているかまでは特定できません。劣化ウランの存在を証明するにはサンプル中のウラン235とウラン238の比をとる必要があります。また、カウンターの感度を上げると自然放射線をキャッチしてうるさく鳴り出すので、具体的な線量値を見ることが重要です。学生の時に聞いた話ですが、核実験による放射能マグロが問題となったとき、塩竃漁港に水揚げされたマグロをガイガーカウンターで測定しに行った研究グループが、汚染されていないマグロに感度MAXのガイガーカウンターを向け、汚染されていると偽って研究室に持ち帰り、みんなでおいしく食べたそうです。真偽は不明ですが、しようと思えばできたでしょう。さいわい、この番組ではきちんと線量が表示されていました。
私が視聴した限り、番組の結論としては「劣化ウラン弾の健康被害は今のところWHOでは認められていないが、将来的に被害が出る(判明する)可能性があるのでもっとしっかり調査して欲しい」という感じでした。もう少し客観的なデータをそろえて劣化ウラン弾と健康被害の因果関係を多少なりとも証明できれば、番組前半の取材が生きてきて説得力が増したと思います。
劣化ウランに関しては、「ある程度以上摂取すれば毒性はあるけれども、環境中の濃度はそのレベルには達していないし、人間で毒性が出たと考えられる報告もない。10年以上の長期少量暴露の影響については不明」というのが現状なので、これを正確に反映した番組を製作すると中途半端にならざるを得ないでしょうね。30分の深夜番組になってしまったのも無理はないか。
(2005年8月11日)
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