劣化ウラン弾の閑話休題 その3

劣化ウランの危険性はいろいろなところでで指摘されており、使用禁止にすべきだともいわれていますが、これを使わないとして替わりに用いられるのはタングステンです。ではウランと同じ重金属であるタングステンに危険性はないのでしょうか?

ということで、まずは「Neoplastic transformation of human osteoblast cells to the tumorigenic phenotype by heavy metal-tungsten alloy particles: induction of genotoxic effects」という題の論文で、Carcinogenesis誌の2001年発行Vol.22No.1、115-125ページに載ったものです。著者は、アメリカの軍放射線生物学研究所細胞放射線生物学局に所属するアレクサンドラ・C・ミラー氏ら。

ではIntroductionから。

「劣化ウランやタングステンといった重金属は、徹甲弾として軍用に使用されている。アメリカでは劣化ウランの使用は限定されているが、タングステン合金徹甲弾(タングステン+ニッケル+鉄、タングステン+ニッケル+コバルト)はアメリカのみならず世界各国で広く使用されている。湾岸戦争では、誤射により劣化ウラン弾弾片が食い込んだ兵士の健康への影響について注目が集まっている。」
「いままで、軍で使用される重金属の健康に対する影響について、いくつもの報告がなされた。劣化ウランには形質転化能、変異原性のほか、神経毒性が認められることが報告された。しかし体に食い込んだタングステン合金の健康への影響については調査されていない。職業上、炭化タングステンとコバルトの粉塵を吸入した場合に、肺線維症や肺ガンを起こすことが報告されている。この毒性は、金属粉塵の相互作用のほか、金属粉塵が遺伝子毒性を持つヒドロキシラジカルを発生させることによっても引き起こされる。軍用のタングステン合金は、一般のタングステン合金とは多少異なっている。軍用合金の組成はタングステン90%以上、ニッケル1-6%、鉄またはコバルト1-6%で、職業上暴露する粉塵では炭化タングステン80%以上、コバルト5-10%である。この組成の差により、生体に異なる影響を及ぼす可能性がある。」
「体内に埋め込まれたタングステンやタングステン合金による遺伝子毒性、変異原性、発ガン性についてはいままで研究されていない。体内に入ったタングステン合金の慢性暴露による長期の健康リスクについては不明だが、タングステン弾が体内に入ってしまった人にとっては非常に重要な事項である。ゆえに、タングステンやタングステン合金による発ガンリスクなどを分子細胞学的研究して把握することが求められる。培養細胞による発ガン性物質の研究は、発ガンの分子的・細胞学的メカニズムを探る上で重要である。」
「今まで、劣化ウラン、鉛などの発ガン性を調べるために培養系での形質転化アッセイが行われてきたが、タングステン合金ではされていなかった。よって、我々はこの方法によりタングステン合金の発ガン性を調べることとした。HOS TE85という細胞株があるが、これはヒトの不死化非発ガン性骨芽細胞で、いままで金属や化学物質によるガン化を調査するために広く使用されてきたものである。軍用タングステン合金に含まれる純タングステン粉末、純ニッケル結晶、鉄、コバルトの発ガン性をこの細胞を使用して調べた。硫化ニッケルはこの細胞を形質転化させるため、陽性コントロールとして使用した。細胞への毒性がほとんど無いといわれるタンタルとの比較のため、酸化タンタルも使用してみた。」
「軍で使用されるタングステン合金が体内に食い込んだ場合の健康被害を理解するため、我々はヒト由来の細胞を使用し、いろいろな金属での細胞生存率、形質転化率、DNA損傷度などを観察した。その結果、タングステン合金に使用される金属を混ぜるて投与すると、劣化ウランやニッケルと同様に細胞をガン化させることが判明した。この細胞は増殖速度が非常に速く、無胸腺マウスに移植すると腫瘍を形成した。」

この論文の動機は「タングステンならいいのか?」ということです。同じことを考える人は私を含めてたくさんいるでしょうが、実際に実験を行っているのが偉い。本論文の場合、同じ重金属の毒性を調べるために広く利用されている、ヒトの骨芽細胞(骨を作る細胞)から作った培養細胞を使用することにしたようです。序段で結論まで書いちゃってますが、ともかく続けましょう。
次は、方法です。少し端折って訳します。

「使用した細胞はヒト骨肉腫由来のTE85細胞で、テストキットによりマイコプラズマの感染がないことを確認した後に実験に使用した。」
「本研究の目的は、タングステン・ニッケル・コバルト合金およびタングステン・ニッケル・鉄合金の形質転化能を調べることにある。合金の組成は、タングステン91-93%、ニッケル3-5%、コバルトまたは鉄2-4%である。この軍用タングステン合金は一般に売られておらず、手に入らなかったため、それぞれの純金属をこの割合で混ぜることにした。直径1-4ミクロン・純度99.5%のコバルト、直径3-5ミクロン・純度99%のニッケル、直径1-3ミクロン・純度98%の鉄、直径1-3ミクロン・純度99.9%のタングステンを購入し、タングステン92%、ニッケル5%、コバルト3%または鉄3%の割合で混ぜて合金を再現した。金属粉末は水で1回、アセトンで1回洗い、アセトンを加えて十分に攪拌し、細胞培養容器に加えた。細胞は直径10cmのシャーレに10000個入れ、24時間後に合金粉末入りアセトン100マイクロリットルを加えさらに24時間培養した。その後リン酸緩衝生理食塩水で洗い、トリプシンEDTAではがして細胞を数え、100個もしくは500個を直径6cmのシャーレに移し、10日間培養した。細胞50個以上からなるコロニーが15個以上育ったものを生存細胞としてカウントした。」
「形質転化能を調べるため、直径10cmのシャーレに1万個の細胞を撒き、金属粉末に24時間暴露させたあと、細胞をすすいで剥がし、新しい10cmシャーレに95-200個までのコロニーを形成するように撒いた。5週間ほど培地内で培養し、染色して形質転化の有無を調べ、国際的な基準に基づいて分類した。また、形質転化の頻度を放射線により誘発される形質転化を調べるときと同じ方法で調べた。細胞飽和密度を調べる実験も行った。」
「形質転化した細胞の浸潤能力を調べるため、マトリゲル(基底膜をシミュレート)を使用した実験を行った。250マイクロリットルのマトリゲルでコートしておいた直径16mmのシャーレに5万個の細胞を撒いて調べた。また、金属粉に暴露させて4日後の細胞表面のアルカリフォスファターゼ(酵素の一つ)の活性を調べた。」
「生後4-5週の無胸腺マウスの右肩甲骨部に、金属粉に暴露させた培養細胞50万個を皮下注射し、180日間観察して腫瘍が発生するかどうか調べ、腫瘍組織の分析を行った。」
「培養細胞DNA・RNAの分析も行った。」

 説明を入れます。「骨肉腫」は骨のガンの一種です。ただし培養細胞にする際には、何回も培養しているうちに出てきたガンとしての特徴を持たないものを選び出してあります。
 軍で使用する合金そのものは手に入らなかったようで、粉末を同じパーセンテージで混ぜて模擬合金を作り、24時間細胞に暴露させて実験をしました。
 細胞をシャーレに撒くと、シャーレの底に張り付いて増殖を始めます。「トリプシンEDTA」はその張り付いた細胞を剥がすためのタンパク分解酵素です。
 「形質転化」というのは、細胞が元々持っている性質(特定のタンパク質の産生能、増殖能、必要な培地、などなど)が変わってしまうことを言います。
 「基底膜」というのは、上皮細胞(皮膚の表皮細胞や、消化管・気管・血管の内側に張っている細胞など)を裏打ちしているコラーゲンなどから構成される膜のような構造です。形質転化した細胞が基底膜を透過する能力を持つと、組織を越えて浸潤していくことができるようになります。
 「無胸腺マウス」は、先天的に胸腺をもたないマウスのことです。胸腺はTリンパ球を育てるところで、無胸腺マウスにはこれがないために正常なTリンパ球ができません。このため、体内の異常な細胞を認識・排除することができず、ガン細胞を移植されるとたちどころに増殖されてしまいます。生まれつき毛がないので、「ヌードマウス」とも呼ばれます。

では、結果。

「まずは金属粉への暴露による細胞毒性について調べた。タングステン、ニッケル、コバルト、鉄粉末それぞれもしくはそれらを混合してタングステン・ニッケル・コバルトまたはタングステン・ニッケル・鉄合金を模した粉末を細胞に加えたところ、いずれでも濃度が高くなるほど細胞の生存率が低下した。培地1mlあたり2.5マイクログラムの濃度まではコバルト、ニッケル、鉄は毒性を発揮せず、タングステンおよびその混合物は1mlあたり46-50マイクログラムまで毒性を発揮しなかった。半致死量は、コバルト、ニッケル、鉄で培地1mlあたり7-10マイクログラム、タングステンおよびその混合物で1mlあたり185-200マイクログラムだった。タングステン合金の細胞増殖に対する影響を調べたところ、培地1mlあたり50マイクログラムを超えると、投与量に応じて増殖能が低下した。」
「タングステン・コバルト・ニッケル合金もしくはタングステン・ニッケル・鉄合金を培地1mlあたり50マイクログラム投与し、形質転化の実験を行った。TE85細胞は、ふつう扁平上皮のような外観をしており、シャーレの上に一層で増殖する。しかし、タングステン・ニッケル・コバルト合金に5週間暴露させたところ、細胞の形態が変わり、重なり合って増殖するようになった。タングステン・ニッケル・鉄合金でも同様の変化がみられた。形質転化の頻度を各金属・合金で調べた結果、培地1mlあたりタングステン46マイクログラム、ニッケル2.5マイクログラム、コバルト1.5マイクログラム、鉄1.5マイクログラムのいずれかを投与しても何も加えない場合と変わりなかったが、タングステン・ニッケル・コバルトまたはタングステン・ニッケル・鉄合金50マイクログラムを投与した場合は、何も加えない場合よりも形質転化の頻度が約9倍に増加した。形質転化の原因物質として知られる硫化ニッケルを、培地1mlあたり50マイクログラム加えたところ、形質転化の頻度が約8倍に増加したが、形質転化を起こさない5酸化2タンタルを加えても変化は起きなかった。合金の投与量を増加させたところ、量に応じて形質転化の頻度が増加した。」

合金混合粉末を加えると、濃度に応じて死ぬ細胞が出てくるほか、生き残った細胞の中に形質転化(増殖能力強化)がみられるものが出てきたと記されています。

「基底膜への浸潤能をみるため、マトリゲルに細胞を撒布したところ、何も加えていない細胞ではマトリゲルへの浸潤はみられなかったが、合金を作用させたものではマトリゲルに食い込んでいる姿が観察された。」
「増殖制御の変化が細胞のガン化にとってもっとも重要であり、タングステン合金で形質転化した細胞の様子をもっと詳しく調べることが必要となった。金属粉にさらした細胞を10cmシャーレに撒いたところ、金属粉末を加えないものが約26万個でシャーレいっぱいになったのに対し、合金粉末を加えたものでは約72万個まで増殖した。合金を構成する金属粉末を単独で加えた場合には、加えない場合と同じような数でシャーレいっぱいになった。培地にアガロースゲルを加えてゲル状にし、それで細胞をサンドイッチして増殖するかどうか調べたところ、金属粉末を加えないもの、金属粉末を単独で加えたものではほとんど増えなかったが、タングステン・ニッケル・コバルト粉末を加えたものでは34%、タングステン・ニッケル・鉄粉末を加えたものでは47%の細胞が増殖してコロニーを形成した。」
「細胞表面のアルカリフォスファターゼ活性は、ヒト骨肉腫細胞の悪性表現型と関連するとされる。金属粉末を加えないものや単独で加えたものではほとんどの細胞で高いアルカリフォスファターゼ活性を示したが、合金粉末を加えたものでは10%前後の細胞にしかアルカリフォスファターゼ活性がなく、それも低い値でしかなかった。」

ここで、合金混合粉末を加えた細胞が得た形質転化をさらに分析しています。基底膜に食い込んだり、増殖能力が増したり、普段増えないような環境でも増殖できたりとガンに似た性質を持つようになっていることが分かりました。また、アルカリフォスファターゼ活性の実験でも、ガン化を示唆するような結果が出ました。合金を構成する金属を単独で同量加えても何も起きないので、組み合わせて暴露することが重要であると推定されます。

「無胸腺ヌードマウスにタングステン合金粉末に暴露させた細胞を接種したところ、4週間以内に腫瘍が出現した。金属粉末に暴露させない細胞や、単独で作用させた細胞では、6ヶ月たっても腫瘍は出現しなかった。腫瘍を顕微鏡で調べたところ、浸潤性の新生物、おそらく上皮性の悪性腫瘍であることが判明した。上皮性のマーカーであるサイトケラチンは陽性で、間葉系のマーカーであるビメンチンは陰性だった。腫瘍形態は劣化ウランや硫化ニッケルをヒト骨肉腫細胞に作用させたときに生じるものと似ていた。」

ヌードマウスの実験の結果、ガンが発生しました。もともとの由来である骨肉腫は間葉系(筋肉、骨、繊維芽細胞:コラーゲン生産細胞、脂肪細胞などの総称)のガンなのですが、発生したのは上皮系のガンでした。この原因については考察でも記載されていますが、劣化ウランや硫化ニッケルなどの重金属を暴露した際にも上皮系のガンが出てくるとのことなので、そういうものなのかもしれません。

「細胞のガン化は、ガン原遺伝子やガン抑制遺伝子の多段階変異により起こるとされている。金属や放射線によるガン化実験により、ras遺伝子など特定のガン原遺伝子やガン抑制遺伝子が原因となるという報告がなされた。ゆえに、タングステン合金の暴露によるガン化でも、ras遺伝子が変異している可能性が考えられたため、それについて調査した。ノーザンブロットでK-ras遺伝子のメッセンジャーRNAを調べたところ、何も作用させない細胞では検出されなかったが、タングステン合金を作用させた細胞では高いレベルでK-ras遺伝子のメッセンジャーRNAが検出された。」
「小核試験は、金属粉が染色体異常を引き起こすかどうかを調べるものであり、金属粉の遺伝子毒性の有無を調べることができる。金属粉(純および混合)を細胞に1時間作用させ、48時間後に小核試験を行った。いずれの金属粉も小核試験は陽性であった。」
「金属粉によるDNA単鎖切断の有無を調べたところ、タングステンのみを加えても単鎖切断数は何も加えないものと同じで、ニッケル、コバルト、鉄を単独で加えた場合には有意に単鎖切断数が増加した。タングステン、ニッケル、コバルトまたはタングステン、ニッケル、鉄を混ぜて加えると、単独で加えるよりもさらに切断数が増加し、培地1mlあたり200マイクログラムを加えた場合には何も加えないものに比べて8.5-9倍も増加した。」

ガン原遺伝子というのは、主に細胞の増殖を促進する遺伝子のことが多いのですが、変異により元々持つ働きが強化され、細胞に異常な増殖能力などのガンに特徴的な性質を与えることができる遺伝子のことです。ガン抑制遺伝子というのは、主に細胞の過剰な増殖などを抑えている遺伝子のことで、変異によって機能を失うことによりガンに特徴的な性質を抑えることができなくなる遺伝子を指します。本論文で調べたのはrasと呼ばれるガン原遺伝子で、大腸がんなどで変異がみられます。この遺伝子がK-rasと呼ばれる異常なタイプになると、細胞増殖指令を常に出し続けてしまいます。合金混合粉末を暴露させたものでは、これが検出されました。また、染色体やDNAの異常も検出されました。

最後に考察です。
「本研究は、軍で使用されているタングステン合金の形質転化能および遺伝子毒性について調べたものである。これらの合金は一般には手に入らないので、それぞれの純金属を混合して合金を模した。」
「この研究で、タングステン・ニッケル・コバルトまたはタングステン・ニッケル・鉄粉末を混ぜて投与するとヒト由来の不死化細胞に悪性転化を起こすことが判明した。両者とも細胞形態が変化し、アガロースゲル内でも増殖できるようになり、ヌードマウスに接種すると腫瘍を生じさせ、ras遺伝子の変化が起きており、DNAの断裂や染色体異常を呈していた。以前の報告と比較すると、タングステン合金は硫化ニッケルの1.3倍の形質転化能をもつとみられる。」
「タングステン合金がヒト骨肉腫由来細胞に形質転化を起こすメカニズムは完全にはわからないが、いくつかの可能性は考えられる。rasなどのガン原遺伝子やp53などのガン抑制遺伝子に変異を起こすというのが可能性のひとつである。ヒト骨肉腫由来細胞ではp53遺伝子のコドン156という部分に変異があり、これが細胞に不死化をもたらす一因とされる。悪性転化は不死化などの遺伝子変異が多段階で生じることにより発生すると考えられており、タングステン合金はヒト骨肉腫由来細胞に追加の遺伝子変異を引き起こしていると思われる。本研究でタングステン合金がrasガン原遺伝子を活性化することが示された。ras遺伝子は、動物実験における化学物質や放射線暴露によるガン化や、ヒトの自然発生ガンの発症に重要な役割を果たしている。また、ニッケルや劣化ウランによる実験では、ガン原遺伝子のc-mycや、ガン抑制遺伝子のRbに変異が起こることが報告されており、これらに関してもさらなる追求が必要であろう。」
「組織学的検討により、タングステン合金により誘発された腫瘍は骨肉腫でなく腺ガンであることがわかった。間葉系腫瘍でなく上皮系の腫瘍が誘発されたことは予期しなかったが、これはヌードマウスに埋め込んだ細胞が上皮系に分化してしまったためであろう。硫化ニッケルにより誘発された腫瘍でも同様の組織学的な見解が得られており、タングステン合金でも同じ変化が起こったものと思われる。ALPなどの結果を以前の報告と比較して検討すると、タングステン合金を暴露した細胞は脱分化しており、骨芽細胞としての性格を一部失っていると考えられた。」
「今まで、タングステン合金およびその合金の構成成分(ニッケル除く)による形質転化能についての報告は出ていないが、これら金属による塵肺に関しては調査が行われている。コバルトと炭化タングステンを使用した実験では、コバルト単独よりも炭化タングステンとの混合物の方が細胞毒性が高いことが示され、コバルトの細胞内への取り込みがタングステンにより促進されると推定された。本実験でも、タングステンとの混合物が合金構成金属単独よりも高い毒性を発揮した。これが合金そのものの毒性によるのか、合金を構成するいずれかの金属の毒性をタングステンが増幅しているのかは不明であり、今後の研究が必要である。」
「タングステン合金による細胞の形質転化には遺伝子への毒性が関わっていると考えられる。ニッケルやコバルトも高濃度では遺伝子毒性を持つことがわかっているが、今回の実験に使用した濃度では毒性を発揮し得ない。また、遺伝子以外の毒性も形質転化に関わっている可能性がある。鉛は遺伝子毒性を持たないが、DNAの構造や酵素の機能障害を起こすことで細胞をガン化させる。この可能性に関してはまだ研究がなされておらず、否定することはできない。」
「他に、活性酸素によるガン化というのも考え得る。たとえばニッケルは活性酸素を増加させ、タンパク質の酸化を促進し、ニッケルと結合したペプチドがDNAに作用する機会を増やす。動物実験では、ニッケルが活性酸素を介してがんを引き起こすことが報告されている。高濃度の鉄でも同様の作用が報告されている。一方で、コバルトは活性酸素を増加させるもののガン原性は持たない。ただしタングステンと混ぜると活性酸素によりDNAに傷害を引き起こすことがわかっている。重金属を吸い込んでしまうような職業に就いている人は、ガンを含む様々な肺疾患に罹る可能性が高い。これらのことから、タングステン合金による遺伝子毒性・ガン原性と活性酸素の関係について、もっと調べる必要があると思われる。」
「まとめると、培地1mlあたりタングステン・ニッケル・コバルト混合粉末またはタングステン・ニッケル・鉄混合粉末50マイクログラムを含む溶液で、ヒト骨芽細胞由来の培養細胞を24時間育て、その後さまざまなデータを調べたところ、細胞のガン化を引き起こすことがわかった。このガン化した細胞は、ヌードマウスで腫瘍を作り、K-rasというガン原遺伝子を持っていた。この変化はDNAへの直接傷害が関与していると考えられた。一方で、タングステン合金の毒性をより確かに証明するため、実験動物への投与によるガン化の証明などの追加実験も必要であると考えられた。」

軍用タングステン合金を粉末にして骨肉腫由来の培養細胞に暴露させると、細胞をガン化させることが分かりました。ヌードマウスではもともとの由来である間葉系でなく上皮系のガンが出てきましたが、この原因については、形質転化により間葉系の特徴を失ってしまったのではないかと考察しています。硫化ニッケルなどでも同様の結果が得られているため、この細胞に重金属暴露を行った際の特徴なのかもしれず、共通のメカニズムで形質転化を行っている可能性が考えられます。

この論文は培養細胞で行ったもので、生体においては他の組織との相互作用を考慮する必要があり、また免疫系による異常細胞の除去なども行われるため、これだけでタングステン合金に暴露するとガンが出るとは断定できません。
よって、次はラットという生体を使ったEmbeccec Weapons-Grade Tungsten Alloy Shrapnel Rapidly Induces Metastatic High-Grade Rhabdomyosarcomas in F344 Rats1という題の論文を読みます。Environmental Health Perspectives誌2005年6月号、通巻113号No.6の729-734ページに載ったものです。著者はアメリカ重金属研究チームのJohn F.Kalinich氏ら。全文行きます。

「タングステンは長年にわたり、様々な目的に使用されてきた。また、ニッケルやコバルトなどと混ぜて作ったタングステン合金は、軍用としても興味を持たれてきた。近年、タングステン合金は鉛を使用した小銃弾や、劣化ウラン徹甲弾のかわりに使用されることもあるようだ。タングステンの毒性に関する研究は少ないのだが、それらによれば、タングステン元素や不溶性タングステン化合物は毒性が少ないとされている。たとえば、タングステン・コイルをウサギの鎖骨下動脈に埋め込むと、血中のタングステン濃度が15分後に上昇し始めるのだが、4ヶ月たってもそのウサギに異常は出なかったという報告がある。ニッケルやコバルトに関する報告は、今までに数多くなされている。28ミリグラムのニッケルもしくはコバルトをラットの筋肉内に埋め込むとそこに横紋筋肉腫が形成された(ニッケルは41週後までに発症率100%、コバルトは71週後までに40%)という報告がある一方で、ニッケルやコバルトを含む合金でできた素材を整形外科的治療のため体内に埋め込んでも、腫瘍は形成されないという報告もある。また、さまざまなニッケル化合物を筋肉内に注入したところ、化合物の水溶性や濃度にかかわらずその場所に腫瘍が発生したとする論文もある。」
「合金の健康に対する影響を調べる際の問題点として、合金を形成する各金属や製造過程で混入する金属すべてを考慮しなければならない点がある。重金属による疾患の調査では、炭化タングステンまたはコバルトのみを投与しても肺への毒性はわずかにしか認められないが、この両者をタングステン合金に加工して投与したときには大きな肺毒性が起こる。これはタングステンとコバルト両者の毒性が合わさって生じたのか、コバルトの毒性が増幅されて起こったのかは不明である。ヒトの不死化培養細胞を使用した実験では、タングステンとニッケルとコバルトを混合したものに暴露すると悪性転化が生じるという報告があり、その危険性はそれぞれを単独投与した場合をはるかに上回るという。」
「金属学の発展により、劣化ウラン徹甲弾や鉛の小口径弾薬の替わりにタングステンが使用されるようになった。その理由の1つは、劣化ウランや鉛による環境汚染・健康被害が大衆の関心を呼んだことにある。しかし、我々の知る限り、軍用タングステン合金の健康への影響、とくに弾片が体内に埋め込まれた場合について調べたものはない。そこで、タングステン暴露と健康への関係について調べることとした。」

こちらも研究の動機は「タングステンならいいのか?」ということのようです。本文中、「横紋筋肉腫」というのは骨格筋のガンのことで、「悪性転化」はガン化のことです。

方法に移ります。

「使用したラットはF344という種類のメス。埋め込んだ金属ペレットは直径1mm・全長2mmの円柱形で、純度99.995%の金属ニッケル、純度99.95%のタンタル、徹甲弾に使用されるタングステン合金(テネシー・エアロジェット・オーディナンス社製)から作られたものを用意した。タングステン合金ペレットの重量は27.5mgで、91.1%のタングステン、6%のニッケル、2.9%のコバルトからなっており、ニッケルペレットの重量は14mg、タンタルペレットの重量は27mgだった。」
「ラットは4グループに分け、タンタルのペレット20本を埋めたネガティブコントロールラット、タングステンペレット4本とタンタルペレット16本を埋めた低濃度タングステンラット、タングステンペレット20本を埋めた高濃度タングステンラット、ニッケルペレット20本を埋めたポジティブコントロールラットとした。埋め込んだのは生後9週目で、イソフルラン麻酔下に手術を行った。ペレットは1.5mmずつ離して脚側面の筋肉内に埋め込んだ。手術後1、3、6、12、18、24ヶ月で観察する予定だったが、ガンの進行が速く、ネガティブコントロールラット以外は6ヶ月を過ぎたところですべて死んでしまった。調べたラットの数はポジティブコントロールラットが36匹、他のグループが46匹ずつ。1、3、6ヶ月目に血液検査も行った。」

タンタルは原子番号73、原子量180の重金属で、腐食性や毒性が低く体内に埋め込んでもガンが出ないとされているので、これを陰性コントロール(手術や育て方で異常が出ないことの証明)として用いています。また、埋め込んだときにガンが生じることが報告されているニッケルを陽性コントロール(F344ラットで金属によるガン化が起こるという証明)に用いています。イソフルランは全身麻酔に使用される薬物の名前。

結果です。
「全てのラットは手術に耐え、術後感染などを起こしたものはいなかった。術後第1週でタンタルと低濃度タングステン埋め込みラットの体重増加が鈍りはじめ、高濃度タングステンとニッケル埋め込みラットでは体重が減りはじめたが、第2週にはいずれも大きく増加に転じた。この体重増加には各グループとも差はなかった。約16-20週後にタングステンおよびニッケル埋め込みラットで腫瘍が出現し始めた。高濃度タングステンラットでは、速いもので14週から触知できる大きさの腫瘍が出現した。タングステン埋め込みラットでの腫瘍増殖は非常に速く、数週後には安楽死させざるを得なかった。ニッケル埋め込みラットを陽性コントロールにおいたが、こちらは約5ヶ月で腫瘍が出現してきた。それぞれのグループで生存率を調べたところ、タンタル埋め込みラットでは術後12ヶ月以降も全てのラットが健康に問題なく生存していた。それに対し、低濃度・高濃度タングステン埋め込みラット、ニッケル埋め込みラットはすべて腫瘍を生じて瀕死の状態となったため、安楽死させた。高濃度タングステンラットの生存期間は21.8±2.1週で最も短く、ついでニッケル埋め込みラットが25.4±2.1週、低濃度タングステンラットが27±4.6週であり、高濃度タングステンラットはニッケルおよび低濃度タングステンラットよりも有意に生存期間が短かった。ニッケルと低濃度タングステンラットの間では有意差はなかった。まだ論文にはしていないが、このとき同様に劣化ウランペレットを埋め込んだラットも作っておいたのだが、こちらに腫瘍は出なかった。」

是非とも劣化ウランペレットの結果を早く論文に仕上げていただきたい。ともかく、タングステン埋め込みラットからは腫瘍が出現し、高濃度タングステンではすでにガン化が指摘されているニッケルよりも早く進行していったことが示されています。タンタルでは腫瘍が出てきていませんので、手術の刺激でガン化したということはありません。
では、続き。

「安楽死後には解剖を行い、組織を分析にかけた。ペレット埋め込み部分を肉眼で見ると、タンタル埋め込みラットでは外見上とくに変化がなかったのに対し、タングステン埋め込みラットでは腫瘍が観察された。組織切り出し中、タンタル埋め込みラットはペレットと組織を容易に分離でき、組織の異常もとくに認めなかったが、タングステン埋め込みラットではペレットを腫瘍が取り囲んでいた。多くの症例で、腫瘍内部には壊死もしくは出血が認められた。この腫瘍所見はニッケル埋め込みラットでも同様だった。低濃度タングステンラットでは、タングステン周囲にのみ腫瘍が認められ、タンタルペレットを腫瘍が取り囲んでいるような所見は得られなかった。埋め込んだタングステンペレットは酸化されているらしく、やや腐食したような外見をしていたが、タンタルペレットには6ヶ月後でもそのような所見はなかった。しかしタングステンペレットの重量は5%未満の減少に留まっていた。腫瘍を組織学的に分析したところ、ガン細胞はタングステンペレットを取り巻いており、正常骨格筋線維に浸潤していた。浸潤を受けた正常筋組織は壊死に陥り、ガン細胞は多型性を示し、非常に高い細胞分裂率を示していた。免疫組織化学染色の結果、ガン細胞は骨格筋由来であることが示唆された。タングステン埋め込みラットでは、ガンが肺に多発転移していた。ニッケル埋め込みラットでは肺への転移は観察されず、何匹かで組織球性肺炎を起こしていたのみだった。肺に転移したガン細胞は肺表面の50-90%を覆い尽くし、細動脈・細気管支周囲を取り囲んで肺胞壁や肺胞内に広がっていた。肺のガン細胞も細胞分裂率が高く、染色結果から由来は骨格筋と考えられた。」

タングステンにより生じたと思われるガンは骨格筋由来のもので、細胞分裂の速度が速い(増殖・進行が速い)ことが示されています。また、筋肉内の静脈から心臓を経て肺動脈周囲に転移していったことがわかります。ニッケルでは肺への転移が見られなかったということなので、転移する能力を獲得するのもニッケル由来のガンより速く、悪性度が高いものであることを示唆します。
続けます。

「血液検査と臓器重量を調べた。タンタル埋め込みラットのデータは術後6ヶ月、他の埋め込みラットのデータは安楽死時のものである。タンタル、低濃度タングステン、ニッケル埋め込みラットでは臓器重量に差はなかったが、高濃度タングステンラットでは脾臓重量/体重比が他より非常に大きく、胸腺/重量比が減少していた。脾臓と胸腺は免疫関連臓器であり、これらの変化はある程度以上の濃度のタングステンが免疫毒性を持つことを示唆する。また、腎臓/体重比もタンタル埋め込みラットに比べて非常に高かった。術後1ヶ月と3ヶ月でみてみると、高濃度タングステンラットでは脾臓/体重比がいずれもタンタル埋め込みラットに比べて高く、腎臓/体重比は1ヶ月後では低かったが3ヶ月後で高く、胸腺/体重比はどちらでも差はなかった。高濃度タングステンラットでは白血球数、赤血球数、ヘモグロビン値、ヘマトクリット値がタンタル埋め込みラットよりも有意に高く、ニッケル埋め込みラットでは赤血球、ヘモグロビン値、ヘマトクリット値がタンタル埋め込みラットよりも有意に低かった。低濃度タングステンラットではとくに差はなかった。高濃度タングステンラットでの赤血球・ヘモグロビン値・ヘマトクリット値の上昇は術後1ヶ月で出現し、最後まで持続した。それに加え、高濃度タングステンラットでは好中球、リンパ球、単球、好酸球が有意に上昇した。低濃度タングステンラットは、3ヶ月の時点では好中球、リンパ球、単球が増加していたが、5-6ヶ月の安楽死時点では好中球のみが有意に上昇していた。ニッケル埋め込みラットでは、タンタル埋め込みラットよりもリンパ球が有意に減っていた。これらの結果より、タングステンには用量依存性の毒性があると考えられた。」

高濃度タングステンラットでは臓器重量や血液データにも異常が認められました。好中球、リンパ球、単球、好酸球は白血球の細かい分類です。好中球は細菌を活性酸素で殺す細胞、リンパ球はウイルスに感染した細胞を殺したり抗体を作ったり免疫システムを統括したりする細胞、単球は細菌などを食べる細胞、好酸球はアレルギー反応に関係する細胞です。ヘマトクリット値は、血液の中で固形成分(赤血球、白血球など)が占める割合をパーセントで表したものです。低濃度タングステンよりも高濃度タングステンラットで各種パラメータの変化が大きいので、タングステン濃度が高いほど毒性が強くなることが示唆されます。

では、考察。

「タングステン合金は、劣化ウランや小口径鉛弾の代わりに広く使用され始めている。しかし、健康への影響、とくに傷口に食い込んだ弾片に関しては研究がなされていなかった。本研究で、オスのF344ラットに兵器として使用されるタングステン合金を埋め込んだところ、その部分に腫瘍が100%の確率で出現した。ニッケルを埋め込んだときも発症したが、その速度はタングステンほどではなかった。組織学的、免疫組織化学的分析で、この腫瘍は多型性横紋筋肉腫と判明した。高濃度タングステンラットでは、早いものでは1ヶ月後に脾臓が著明に腫大した。脾臓以外では、胸腺・体重比が低下したほか、腎臓・体重比が1ヶ月目にいったん減少した後、3ヶ月目以降は有意に増加した。最初の1ヶ月は重金属毒性により腎重量が減り、それ以降は何らかの別の機転が働いたとみられるが、解剖しても大きな異常はなく、分析を続けているところである。」
「タングステン、ニッケル埋め込みラットでは血液の変化もみられた。ニッケルを埋め込んだラットでは赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリットが有意に減少しており、ニッケルが貧血を起こすことが判明した。低濃度タングステンでは赤血球、白血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット、好中球、リンパ球、単球が埋め込み後3ヶ月まで減少し続け、その後は上昇して5-6ヶ月に元の値に戻った。高濃度タングステンでは上昇が短期間で生じ、それが生涯持続した。脾腫と血液の変化は、赤血球増多症を示唆する。コバルトが赤血球増多症を引き起こすことは報告されていたが、タングステンはそれよりも遙かに小さい量で同様の症状を引き起こした。また、発症速度も早かった。以上の結果から、タングステンには用量依存的に血液傷害を引き起こすことが示唆された。」
「弾薬に使用される合金の毒性が、主成分の金属のみで判断されていることがしばしばである。劣化ウランや鉛の毒性が叫ばれるにつれ、タングステン弾の使用が広がりつつある。長年にわたり、タングステンの毒性は非常に小さいものと考えられており、タングステンを5-15%含む合金は人工股関節や人工膝関節に使用されてきた。弾薬に使用されるタングステン合金は、90%以上がタングステンで、ほかの金属の割合は少ないため、健康への危険性は少ないだろうと考えられていた。しかしこの実験系ではその仮説は正しくなかった。タングステン合金ペレットは進行性・転移性の多型性横紋筋肉腫を引き起こすのみならず、血液学的な異常をも引き起こすことがわかった。これが合金内にわずかに含まれるニッケルやコバルトのみで引き起こされるとは考えにくい。純ニッケルを埋め込むんだ場合、6%しかニッケルを含まないタングステン合金よりも遅れて腫瘍が発生した。最近、タングステンとニッケル・コバルトが共存すると毒性に相助作用がみられるという報告が出されている。」
「タングステン合金によるこれらの影響のメカニズムは、まだ不明である。表面が平滑な金属ペレットを埋め込むと固形ガンが発生するという報告もあるが、本実験でタンタルを埋め込んだ場合には何も生じていないので、単にペレットを埋め込んだことのみによる影響ではないようだ。一つの可能性は、ペレットからフリーラジカルが発生し、周囲組織を傷害してガンを発生させたというものである。最近、ヒトの健康や疾病におけるタングステンの影響が注目されるようになっている。2003年に発表されたアメリカのネバダ州ファロンにおける白血病の調査では、ウランやコバルトなどの重金属暴露による発症率増加はわずかなものであったが、タングステン暴露による発症率増加は有意なものであったとされる。タングステンとガンの間に確立した関係はまだ成り立っていないが、最近、アメリカ毒性学プログラムが健康被害を評価すべき物質のリストにタングステンを加えた。タングステンおよびタングステン合金の健康への影響については、さらなる研究が求められる。」

以上、マウスにタングステン合金のペレットを埋め込むと、その部位に悪性度の高い筋肉のガンが発生し、また多血症も発症することがわかりました。また、埋め込んだ量に比例して発症が早くなりました。原因についてはあまり考察していませんが、軍用タングステン合金の影響についてはまだ研究が始まったばかりなので、これからの展開に期待しましょう。

ということで、軍用タングステン合金も実験レベルではガンを引き起こすことが報告されていました。劣化ウランよりも注目が集まらないせいか論文数が少なく、ヒトでの疫学的報告はまだありませんが、タングステンだから安全、というわけではなさそうです。1番目の論文の参考文献では鉛や鉄による発ガン性に言及しているものもあり、「弾丸に使用されるような重金属は一定以上の濃度で発ガン性を持つ」というのが正しい認識と思われます。ただし、実際に人間に被害が出ているかどうかは、劣化ウラン同様、疫学的な調査を経なければわかりません。また、経口・吸入などの摂取経路をとった場合のことも不明なので、このあたりは後の研究を待つ必要があります。




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