劣化ウラン弾の閑話休題 その4

 本サイトでは劣化ウラン弾に関する医学文献を紹介していますが、どうしても専門的な話になるので、とりあえず基礎知識を簡単にまとめておきたいと思います。
 劣化ウラン弾は、とにかく放射能が話題となる傾向にありますので、これから始めます。

 まず混乱するのが、放射線、放射能、放射性物質、放射性同位元素といった用語と思われますので、これらを解説します。
 「放射線」は、正式には「電離放射線」といいます。物質は原子からなり、原子は原子核と電子から構成されていますが、これに放射線を照射すると、原子核にエネルギーが与えられて核分裂を起こしたり、電子にエネルギーが与えられて原子外にはじき飛ばされたりします。放射線が持つエネルギーは、電子ボルト(eV)で表されます。1eVは、1個の電子を1ボルトで加速した場合に電子が得るエネルギーで、1eV=1.6×[10のマイナス19乗]ジュールという関係があります。放射線には粒子放射線と電磁放射線がありますが、詳しくは後述します。
 「放射能」というのは、原子核が壊変する性質のことを指します。原子核はほぼ同数の陽子と中性子から構成されており、安定を保っています。しかし、中にはバランスの悪い原子核があり、これはある一定の確率でバランスの悪い陽子・中性子を放出したり、他の粒子に変換したりして安定になろうとします。これが原子核の壊変で、この性質を「放射能」というわけです。
 この「放射能」には強弱があり、ベクレル(Bq)という単位で表します。これは1秒間に何個の原子核壊変が起こるかを表すもので、「この劣化ウランは500Bqの放射能を持つ」という場合、1秒間に500個のウラン原子が壊変を起こしていると言うことを意味します。
 「放射性物質」とは、「放射線を出す物質」のことです。「放射性同位元素」は、放射線を出して原子核が壊変する性質を持つ同位元素のことです。「同位元素」は、原子番号が同じで質量数が異なる元素のことです。「リン31とリン32は同位元素」で、「リン32は放射性同位元素である」というように使います。
 まとめると、「劣化ウランは放射性物質で、放射性同位元素であるウラン234、ウラン235、ウラン238から構成され、放射能を持ち、放射線を出す」ということになります。
 
 「放射線」について解説を続けます。これは粒子放射線と電磁放射線があることは前述しました。粒子放射線は、原子を構成する粒子の運動によって生じるもので、放射線の強さは粒子の運動エネルギーと等価です。ヘリウムの原子核(陽子が2つ、中性子が2つ)によるものが「アルファ線」、電子によるものが「ベータマイナス線(普通はベータ線という)」、電子の反物質である陽電子によるものが「ベータプラス線」、中性子によるものが「中性子線」、陽子によるものが「陽子線」です。電磁放射線には、放射性同位元素の原子核内から放出される「ガンマ線」と、原子外からエネルギーを与えられて放出される「エックス線」があり、両者とも光子なのでエネルギーは波長に反比例します。
 さて、原子核の壊変についてさらに解説します。これには「アルファ壊変」、「ベータマイナス壊変」、「ベータプラス壊変」の3つがあります。「アルファ壊変」は、原子核の不安定状態を解消するために原子核からアルファ線(ヘリウム原子核)を放出するもので、劣化ウランもこの壊変を起こします。「ベータマイナス壊変」は、安定な原子核に比べて中性子が多い場合に起きる壊変で、中性子が陽子と電子に分かれます。このうち陽子は原子核にとどまりますが、電子は核外に放出されてベータ線になります。「ベータプラス壊変」は、逆に陽子が多いときに起こるもので、陽子が中性子と陽電子に分かれて陽電子が放出されます。これらの壊変時には、原子核の持つ余剰不安定エネルギーの調節のため、ガンマ線も放出されます。ここで気をつけて頂きたいのは、「壊変が起きなければ放射線は出てこない」という点です。
 もっとも間違われる用語として、「半減期」があげられます。これは「ある放射性同位元素が、原子核壊変を起こした結果、同位元素の数が半分になる時間」のことです。劣化ウランの主要構成元素であるウラン238の半減期は44億7000万年ですが、具体的に言うと、「10000個のウラン238原子は、時間と共に原子核の壊変を起こして他の元素に変わっていき、44億7000万年後には5000個に減っている」ということになります。
 注意がいるのは、「半減期」は放射能の強弱を表す値ではない、ということです。同じ放射性同位元素なら半減期は同じですが、50グラムと100グラムでは放射能が倍になります。また、異なる放射性同位元素を同じ原子数で比較した場合、半減期が長いほど放射能が弱くなります。たとえば、半減期が14.28日のリン32原子と、半減期44億7000万年のウラン238原子が1億個ずつあったとしましょう。1秒間にX個の原子が壊変すると仮定すると、原子数×ln2(2の自然対数。約0.693)/半減期(秒)が1秒あたりの壊変数(ベクレル=放射能の強さ)となります。代入すれば、リン32は100000000×0.693/14.28×24×3600=56Bqに対し、ウラン238が100000000×0.693/4470000000×365×24×3600=0.0000000005Bqで、圧倒的にウランの方が放射能が弱いということになります。1億個のリン32は約2週間で5000万本の放射線を出すのに対し、ウラン238は44億7000万年かけて同数の放射線を出すという言い方の方がわかりやすいかもしれません。

 
 次に混乱するのが、放射線の種類によって人体に与える影響が異なることです。

 放射線の強さを表す単位として「電子ボルト」を紹介しました。しかし、放射線を人体に照射した場合の影響は、放射線からどのくらいのエネルギーを受け取るかによって異なります。そこで、人体組織1kgあたりに吸収される放射線のエネルギー(ジュール)を吸収線量(単位はグレイ、Gy。=J/Kg)として新たに定義しました。ところが、同じ吸収線量でも放射線の種類によって人体への影響が異なります。基本的には、放射線を構成する粒子の質量が大きいと人体へのダメージも大きくなります。、これを補正したのが等価線量(単位はシーベルト、Sv)で、吸収線量に放射線荷重係数(光子・電子は1、陽子は5、アルファ線は20、中性子線は持つエネルギーによって5-20)を掛けて算出します。さらに、放射線照射を受けた組織の放射線感受性によって補正を行った実効線量(単位は同じくシーベルト、Sv)というものも使用されます。
 また、放射線の種類は、防護の観点からも重要です。アルファ線、ベータ線などの荷電粒子放射線は、図体が大きいのと電荷を帯びている影響で、液体や固体の物質に照射すると数ミリから数センチ入った時点で全運動エネルギーを消費して停止します。これに対し、電荷を持たない中性子線や質量のないガンマ線、エックス線は透過力が高く、物質を突き抜けて行きます。銃弾にたとえると、荷電粒子放射線はダムダム弾、中性子線・ガンマ線・エックス線はフルメタルジャケットといえます。荷電粒子放射線は喰らうエネルギーが大きいけれども防護しやすく(アルファ線なら厚手の服や数センチの空気でも止まる)、中性子線・ガンマ線・エックス線は喰らうエネルギーが少ないけれども防護がしにくいわけです。

 放射線を人体に浴びることを「被曝」と言います。「被曝」という用語は放射線に限らず化学物質などにも使用するので、とくに「放射線被曝」と言うこともあります。核兵器の場合は、放射線だけでなく爆風や熱線の影響を受けるので、「被爆」と表現します。
 では、放射線を被曝した場合の影響について解説します。全身に15グレイ被曝すると、脳などの神経系に障害が起きて死亡するおそれがあります。ところが、この15グレイという線量が体重50kgのヒトに与えるエネルギーはわずかに750ジュール、180カロリーにすぎません。コップ1杯のコーヒーの温度を1度上げる程度のエネルギーで、人間を死に至らしめてしまいます。
 なぜこんなことが起こるのでしょうか。放射線が人体に照射されると、人体を構成する原子が電離をおこし、イオンが生じます。このイオンは、周囲の水と反応し、活性酸素を生み出します。これがDNAを切断したり、染色体の異常を起こしたり、細胞膜に穴を開けたり、リボゾームに変化を起こしたりすることで細胞を傷害します。染色体異常では、染色体が丸まってしまったり、動原体が2つになってしまったりといった、放射線被曝に特徴的な変化(化学物質暴露ではまず起きない)が生じます。これらの障害は、細胞の種類によって程度が異なり、一般には細胞分裂の盛んなものほど被害が大きくなります。障害を受けると、細胞はその修復に入ります。細胞分裂中であれば、それをいったん停止して修復に移ることになります。もしも修復できなかった場合、細胞は死を選びます。修復が不完全なら、何回か細胞分裂を行った後に死ぬことがあります。最悪の可能性は、修復が不完全なまま生き残り、ガンなどを引き起こすことです。
 こうして細胞に変化が起きた結果、人体に影響が及びます。体細胞の変化は身体的影響(本人が発症)となって現れ、生殖細胞の変化は遺伝的影響(子孫が発症)となります。また、被曝後数週間で起きるものを早期影響(急性放射線症など)、それ以降に生じるものを晩期影響(発ガン)として分類します。さらに、ある程度被曝しないと発症しない確定的影響(発ガン、遺伝的影響以外すべて)と、被曝量に比例して発症する確率的影響(発ガン、遺伝的影響)という分類もあります。

 人体への影響のうち、身体的、早期、確定的影響について箇条書きにします。
・急性放射線症:身体の広範囲に大量の放射線を短時間に被曝すると生じる。0.5Gyでリンパ球減少、1Gyで吐き気・嘔吐、1.5Gy以上で死亡の可能性がある。
・骨髄障害:骨髄に0.5Gy以上の急性被曝、0.4Gy/年以上の慢性被曝を受けると生じる。被曝後数日で白血球が減少し、ついで寿命の長い血小板や赤血球が減少する。
・生殖腺障害:男性は精巣に0.15Gy以上の急性被曝、0.4Gy/年以上の慢性被曝を受けると、精子の元になる細胞の一部が細胞死を起こし、一時的不妊を生じる。それぞれ3.5-6Gy、2Gy/年以上になると、精子の元になる細胞すべてが死滅し、永久不妊となる。女性の場合、卵巣に0.65-1.5Gy以上の急性被曝を受けると、第2次卵母細胞が死滅して一時不妊となる。2.5-6Gyの急性被曝または0.2Gy/年以上の慢性被曝を受けると、第1次卵母細胞も死滅して永久不妊となる。
・消化管障害:小腸粘膜は細胞分裂速度が速く、影響を受けやすい。10Gy以上の急性被曝を受けると、粘膜の細胞分裂が不可能となり、2週間程度で粘膜細胞が全滅して広範囲に潰瘍を生じ、細菌感染と出血・組織液喪失、栄養吸収不全から死亡する。
・水晶体:急性で0.5-1.5Gy以上被曝すると水晶体に混濁が生じる。5Gy以上被曝すると、水晶体前面の上皮細胞が死滅して白内障を発症する。
・皮膚:急性に2Gyを被曝すると、2-3時間後に紅斑を生じる。18Gyを被曝すると、10週後に壊死を生じる。

 次は、身体的、晩期、確率的影響である発ガンです。ガンというのは、細胞が無限に増殖し、血管を引き込むなどして栄養路を確保し、周囲の組織に浸潤し、血管やリンパ管を通して転移し、発症者を死に至らしめる疾患です。放射線による発ガンの特徴として、潜伏期間があるというのがあげられます。最も短い白血病で2−40年、その他のガンでは10年以上経ってから発症します。放射線によってDNAに障害を受けた細胞のうち、一部は傷害されたまま生き残ります。この中に、細胞増殖に関係する遺伝子の一部が傷ついているものが存在することがあります。簡単にガン化しないよう、細胞増殖システムにはいくつものストッパーがかけられており、いきなりガン化することはまずありません。しかし、障害細胞が分裂を繰り返すうちにストッパーが徐々に解除されていき、数年から数十年かかって最終的にガン細胞になっていくわけです。また、被曝線量と発症率が比例する、被曝時年齢が若いほど発症率が高い、女性の方が男性より発症率が高い、という特徴もあります。

 続いて、遺伝的影響について述べます。これは、「生殖腺の被曝によって生殖細胞内の遺伝子が傷害され、この生殖細胞が受精することによって子孫に疾患が発症する」というものです。ですから、問題になるのは子供を(将来)産める世代が生殖腺に被曝した場合です。これまで、原爆被爆者などを対象とした疫学調査が行われていますが、今のところ遺伝的影響については証明されていません。つまり、核兵器や放射性物質、さらには骨盤のレントゲン検査やCT撮影などによって生殖腺に被曝したのちに子供を作っても、死産や流早産、先天異常、発ガン率などが高くなるということはないと考えられています。これは無用の差別を防止する意味でも重要です。ただし、ショウジョウバエやマウスを使用した動物実験では遺伝的影響が確認されているため、IAEA(国際原子力機関)ではヒトでも一応は存在するものと仮定して放射線防護基準を策定しています。
 
 最後に、胎児影響です。これは、「胎児が胎内で被曝した場合に受ける影響」のことで、子々孫々伝わっていくわけではありませんので、遺伝的影響と混同しないよう注意が必要です。
 胎児影響に特徴的なこととして、細胞分裂が盛んなために放射線感受性が高い、胎児が何週齢にあるかによって影響が異なる、非可逆性の影響を受ける場合がある、という3つがあげられます。
 具体的な影響に移ります。受精してから着床するまでに被曝した場合、細胞が死滅して流産するか、生き残った細胞が着床して完全に生育するかのどちらかになります。しきい値は0.05-0.1Gyです。この時期の細胞は単独で取り出しても一個体に生育する能力があるので、ここで生き残ればちゃんと育ちます。ただし、マウスの実験では、この時点の被曝でも先天性異常が発症する可能性が高いという報告があります。受精後2-8週は器官形成期と呼ばれ、個々の臓器や器官のもとになる細胞ができあがり、人間の形をとる時期にあたります。ここで細胞に異常を起こすと、正常の器官形成ができなくなり、先天性異常が発症します。よって、この時点で被曝すると先天性異常を発症する可能性が最も高くなるのですが、今のところ被曝で発症することがヒトの疫学調査で証明されているのは小頭症だけで、0.1Gy以上の被曝で生じます。受精後8-25週には大脳皮質の神経回路が形成されるため、ここで被曝すると精神発達遅滞が生じます。子宮内被曝線量が0.12-0.2Gyを超えると発症し、1GyあたりIQが30低下するとされます。また、8週以降は形成を終えた器官が発育する時期でもあり、被曝すると細胞死・細胞分裂停止により発育が遅れ、身長、体重などが減少します。
 大人と同じく、被曝によってガンの発症率が増えます。成人よりも2-3倍感受性が高いとされています。

以上、放射線とその影響について解説しました。これをふまえて、劣化ウランと劣化ウラン弾そのものの解説に移ります。

 劣化ウランは、Depleted Uraniumの訳で、減損ウランとも表記されることがあります。劣化ウランは核燃料用濃縮ウラン、武器グレード濃縮ウランを抽出した後の残りかすで、使用済みの核燃料棒が一部含まれています。天然ウランと比べて何が劣化・減損しているかというと、「放射能」です。
 天然ウランと劣化ウランの放射能を計算してみましょう。天然ウランの組成はウラン238が99.2745%、ウラン235が0.72%、ウラン234が0.0055%、劣化ウランの組成はウラン238が99.8%、ウラン235が0.2%、ウラン234が0.001%、半減期はそれぞれ44億7000万年、7億年、24.5万年です。天然ウラン1モル(原子数6.02×10の23乗個、重量238g)の放射能は、6.02×10の23乗×0.693(0.992745/4470000000+0.0072/700000000+0.000055/245000)/(365×24×3600)=6.02×10の6乗ベクレル。1グラムあたりに換算すると、25300ベクレルになります。劣化ウラン1モル(原子数6.02×10の23乗個、重量238g)の放射能は、6.02×10の23乗×0.693(0.998/4470000000+0.002/700000000+0.00001/245000)/(365×24×3600)=3.52×10の6乗ベクレル。1グラムあたりに換算すると、14800ベクレルになります。これは、劣化ウラン弾の話その1に掲載した1本目の論文の実測値とほぼ一致します。以上より、計算上、劣化ウランの放射能は天然ウランの約58%になります。
 これらのウラン同位体は、すべてアルファ崩壊してアルファ線とガンマ線を出します。さらに、壊変産物がベータ崩壊するのでベータ線とガンマ線を出します。ただし、ここで放出されるガンマ線は保有するエネルギーが小さいため、残りのウランにほとんど吸収されてしまいます。
 一番の問題点は、どれだけ人体に影響があるかということですが、これは等価線量・実効線量で調べる必要があります。

 また、劣化ウランは重金属なので、これによる化学毒性が加わります。重金属の一般的な毒性としては、各種臓器障害、発ガン性、先天性障害があげられます。日本の4大公害を思い浮かべて頂ければ理解は容易です。

 さて、劣化ウランは軍用として利用されていますが、主なものは徹甲弾です。これは密度が大きく遠距離でも威力が落ちないこと、装甲板に食い込んでいく際に先端が鋭いままの状態になる(タングステン合金や鉄では熔けて丸くなる)ので貫通力が高いこと、貫通の際に生じた細かな破片が高熱を発するため、搭載弾薬や燃料を誘爆させることといった利点があるからです。他には安いという説があります。確かに劣化ウランそのものはゴミなので(本来ならば低レベル核廃棄物処理施設に廃棄する)、単価は安いのですが、加工の際にグラインダーをあてると破片が高熱を発して危険だし、従業員は放射線防護を完全にしなければならないし、工場設備も特殊にしなければなりませんので、砲弾にしてしまうとタングステン合金などより高くなるようです(大事典の劣化ウランの項を参照)。また、剛性に劣るため爆発性反応装甲により切断されてしまう可能性があるともいわれます。

 具体的な砲弾名としては、アメリカ軍の120mm戦車砲弾M829シリーズ(M-1戦車が使用)、105mm戦車砲弾M833、M900(M60戦車、ストライカー)、25mm機関砲弾M919(M2/M3戦闘車)、30mm機関砲弾PGU-14/B(A-10A攻撃機)、25mm機関砲弾PGU-20/B(AV-8B、AC-130U攻撃機)、20mm機関砲弾Mk149(ファランクス)、イギリスの120mm戦車砲弾CHARMシリーズ(チャレンジャー戦車)、ロシアの125mm戦車砲弾3BM32、3BK21B(T-64、T-72、T-80、T-90戦車シリーズ)、フランスの120mm戦車砲弾OFL120F2(ルクレール戦車シリーズ)などが挙げられます。中国も98G式戦車用の劣化ウラン弾を開発したといわれますが、詳細不明です。
 2000ポンド徹甲爆弾BLU-109/Bのケーシングに劣化ウランが使用されているという説があり、確かにボーイング社がアメリカ特許庁に提出した書類には、ケーシング素材としてタングステン合金と劣化ウランが挙げられています。ただ手持ちの資料では「厚さ1インチの特殊鋼」なっており、使用されているとしても先端部分だけと思われます。徹甲弾よりも低速で鉄筋コンクリートに激突した場合、劣化ウランの持つセルフシャープニングがどれだけの効果を発揮するかは不明です。貫徹後の焼夷効果は、収容する540ポンドの炸薬にくらべれば非常に小さいので利点にはならないでしょう。もしケーシング部分をすべて劣化ウラン(密度が鉄の2.5倍)に変更すると、爆弾の重量が3000-4000ポンドに達すると予想され、F-15E/F-16Cの翼下パイロンへの搭載が困難になります。また、加工が難しく高価になると予想されるため、重量4700ポンドで3倍以上の威力を持つGBU-28を使用した方が便利ですし、また、重量を2000ポンドにとどめるためケーシングの厚さを減らすと、目標に衝突した衝撃で弾体が断裂してしまう可能性が出てきます。他にもアメリカ軍は徹甲爆弾を数種類(BLU-113、BLU-116など)保有していますが、いずれも手持ちの資料ではケーシング材料は特殊鋼です。
 他には、原子爆弾や水素爆弾(核分裂部分)のリフレクターとして使用されることがありますが、これは核分裂の威力を増すためです。この場合、劣化ウランよりも核爆発による被害の方が甚大なため、劣化ウラン弾関連ではあまり問題にされません。
 また、アメリカ軍ではM-1A1HA戦車の装甲として劣化ウランのメッシュ素材を使用しています。これは厚さ十数センチの高張力鋼の間にサンドイッチされているため、そのままの状態では環境への影響はごく少ないものと考えられます。被弾して劣化ウランブロックまで貫通された場合には問題となりますが、M-1戦車のマニュアルではこの装甲が露出するような場合には機密保持のためあらゆる手段を使用して隠すことになっており、メッシュ自体もボロボロ崩れるようなことはないと思われるので、それほど大量に環境中に放出されることはないと考えられます。爆撃を受けて木っ端みじんになれば話は別ですが、今のアメリカ軍にそんな攻撃を仕掛けられる国は存在しません。

 上記劣化ウラン弾のうち、もっとも使用量が多いと思われるのはA-10A攻撃機の30mmガトリング砲から発射されたPGU-14/B徹甲焼夷弾です。湾岸戦争では実に80万発、224トンが発射されました。これは精密射撃を行う兵器ではないので、9割が目標を外れて地面深くにめり込んだと推定されています。徹甲弾というと戦車や装甲車両に使用されると考えがちですが、攻撃機はガトリング砲の射撃対象となる全目標(兵士から建物まで)に対して劣化ウラン弾を発射し、その大部分が目標を外れ地中に留まります。地中の劣化ウラン弾は腐食して溶出し、地下水を汚染します。これは経口摂取による影響が問題となります。
 戦車や装甲車から発射される劣化ウラン弾は、ほぼ確実に敵装甲車両に命中し、微細粉末が空中に飛び散ります。肺の末梢部に到達して排出不能となる直径10ミクロン未満の粉末は、命中した劣化ウラン弾重量の約50%程度とされます。これは吸入による肺への影響が懸念されます。

 最後に劣化ウラン弾が実戦で使用された地域について。湾岸戦争(1991年)では約300トンの劣化ウラン弾が使用されたとされます。イラク軍はクウェート本土に主力を、イラク南部のサマワ周辺に大統領警護隊からなる予備を配置していたので、劣化ウラン弾もこの地域を中心に使用されたと考えられますが、なぜかクウェートでの劣化ウランの影響は語られにくい傾向にあります。
 一連の旧ユーゴスラビア紛争では、ボスニア・ヘルツェゴビナ(1995年)で3トン、セルビア・モンテネグロ(1995年)で1トン、コソボで11トン(1999年)が使用されました。
 また、量は不明ですが、2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争でも使用されたと思われます。両戦争ともにA-10A攻撃機が任務に就いていますので。
 その他、チェチェン紛争でロシア軍は戦車部隊を投入しており、機甲戦で劣化ウラン弾が使用された可能性があります。ここは未だに第2次紛争の最中で、アメリカが関与していないため注目度も低く、今のところ医学的報告は全くなされていません。  (2006年7月22日)


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