劣化ウラン弾の話 その11

その10から時間が空いてしまいましたので、ヒトに対する劣化ウランの影響をレビューした論文を2つばかり紹介します。

まずはThe British Journal of Radiology, 74
(2001), 677-683ページに掲載された"Depleted uranium and radiation-induced lung cancer and leukaemia"(劣化ウランと放射線誘発肺ガンおよび白血病)。著者はR F MOULD氏らです。

 「1991年の湾岸戦争や、最近のバルカン紛争に参加した兵士の白血病や他のガンに関する報告が世間の興味を引いており、特に兵士らが暴露した可能性のある(ただしそれほど確率は高くないが)劣化ウランがその原因としてあげられている。この解説では、湾岸戦争に参加した兵士の死亡率に関するイギリスの疫学的研究結果(ただし劣化ウランに暴露したかのデータは載っていない)について述べる。また、ウラン鉱山労働者の放射線誘発性肺ガンや、日本の原爆被爆者および強直性脊椎炎で放射線療法を受けた患者から発生した白血病のデータについても言及する。また、コソボの環境汚染および劣化ウラン弾の使用に関する情報提供およびイラクのがん統計の評論を行う。」

というのがこのレビューの内容。本文を続けます。

「ウランと劣化ウラン

 ウランは3つの放射性同位体から構成される。ウランは1940年から主に原子力エネルギー工業関係で使用されており、核燃料といわれるのは生成されたウラン235(半減期7400万年)で、これを生成する過程で出てくるカスが劣化ウランであり、主にウラン238(半減期447000万年)で構成される。もうひとつの同位体はウラン234(半減期245000年)である。含まれる割合はウラン23899.2745%、ウラン2350.72%、ウラン2340.0055%である。金属ウランの比重は19.05で、鉛の11.3よりも重い。

劣化ウランの使用

 金属ウランは高い密度を持つため、20年ほど前から装甲および徹甲弾として使用する国が出てきた。また、DC-10およびボーイング747旅客機のカウンターウェイトや、遠隔放射線照射療法の放射線シールドとしても使用されている。劣化ウランの使用が最初に記述されたのは1953年のイギリス放射線学会雑誌で、コバルト60による放射線療法の放射線シールド素材として紹介されている。

自然発火

 金属ウランは空気中で割れると燃焼かつ発火する性質があり、自然発火性として知られている。その結果、軍で使用されたり、航空機事故や猛烈な火災が発生したりした際には、ウランは大量のウラン酸化物を含む塵となって飛散し、ヒトの体内に摂取されたり、吸入されたりする。たとえば、1992年にアムステルダムでボーイング747が住宅地に墜落した際、282kgの劣化ウランがカウンターウェイトとして搭載されていたものの、事故現場から回収されたのは130kgだけで、オランダ当局は残る劣化ウランが微粒子となって付近に飛び散り、一部は救助隊や住民が吸い込んだと結論づけている。

化学的毒性

 ウランの詳細な毒性に関しては、毒性物質・疾患登録機関から詳細な報告が出ており、WHOでもその情報を使用可能である。それによれば、劣化ウランの主たる毒性は、間違いなく放射線毒性でなく化学的毒性である。
 腎臓は、ウランを注入した際に真っ先に影響を受ける器官であり、動物実験でもヒトを対象とした調査でも、化学的毒性により腎不全を引き起こすことが証明されている。湾岸戦争症候群という、腎臓に限らず多種多様な障害や症状を引き起こす症候群があるが、これは劣化ウラン暴露単独で起こるものでなく、複数の原因が重なり合って生じる症状であろう。ある研究では、ウランを体重1kgあたり0.004-9マイクログラム摂取すると、その摂取量に応じて腎臓に障害を引き起こすという。

尿中ウランの測定

 体内のウランを測定する標準的な方法は、尿試験である。湾岸戦争で劣化ウランに暴露した29人の兵士と、しなかった22人の兵士から、それぞれスポット尿と24時間蓄尿を採取し、ウランを測定したところ、24時間クレアチニン量で補正したスポット尿中ウラン濃度が有効であることがわかった。しかし、尿中ウランがクレアチニン1gあたり0.05マイクログラムを下回る場合、判定が困難であった。このことから、ウラン暴露量の低い被験者をスポット尿で判断することは、推奨できない。これはスクリーニングプログラムにおいて重要な発見であり、最も信頼できる尿分析データは24時間以上の蓄尿を行ってクレアチニン補正を行ったものであるということが分かった。
 劣化ウランに暴露したかどうかを判別するには、ウランの3つの放射性同位体の比率を分析することが必要である。もし劣化ウランに暴露したなら、天然ウランで0.72%含まれているウラン2350.2%程度しか含まれていないはずである。同位体比率分析はプラズマ質量分析器で行うことができ、1リットルあたり10-35ナノグラムのウランが含まれていれば解析可能である。しかし、ウラン同位体解析のもっとも精度の高い試験は、熱イオン化質量分析である。これは地質化学研究に使用されている機材であるが、まだ生物学分野で使用されたことはない。

骨中ウランの測定

 イオンの特徴から、2酸化ウランイオンはカルシウムイオンと同じメカニズムで骨中に蓄積される。全身のウランのうち66%が骨に蓄積するとされており、半減期は300-5000日である。最近では、X線蛍光法を使用した金属追跡法の進歩が、骨中ウラン解析の新たな技術につながる可能性を秘めている。

放射線毒性

化学的毒性よりは割合が低いものの、劣化ウランには放射線毒性も確かに存在する。しかし低線量被曝であることから、その定量法は未だ確立していない。最近、歯のエナメル質の解析で20ミリシーベルトの線量を測定できたという報告がなされており、この技術の応用が期待される。
 放射線量は、放射線の種類、被曝経路(内部被曝か外部被曝か)、被曝状況(戦車の中で劣化ウラン弾を被弾したのか、劣化ウラン弾生産工場で被曝したのか)など様々な要素で規定されるほか、劣化ウランが酸化物の形で吸入されたのか、それとも金属ウランのままで吸入されたのかによっても異なる。イギリス防衛省が発行した『湾岸戦争参加兵の疾病』レポート第7版によれば、『劣化ウランが目標に当たると、セラミック劣化ウランのエアロゾルが形成される。多くの粒子(全体の46-70%)は直径10ミクロン以下で、ヒトが吸入してしまう大きさである。2.5ミクロン以下の粒子は、肺の奥にまで到達する危険がある。』とのことである。」

以上、劣化ウランの一般的性質および測定法の解説でした。この辺は劣化ウランを取り扱う論文のイントロダクションには必ずと言っていいほど記述されているので、興味のある人ならほぼ暗記している内容だと思われます。
次の段落から各種論文の内容に関しての記載が始まります。

「放射線誘発性肺ガン

ウラン鉱山労働者とラドン被曝

 ウラン鉱山労働者に関する研究が、アメリカやカナダ、チェコなどで長年に渡りいくつも行われている。これらの研究データによれば、ウラン鉱山労働者は、ラドン系列核種の被曝により肺ガンを生じるとのことである。また、調査期間はこれらよりも短いが、フランスやオーストラリアでも同様の研究結果が出ている。
 ウラン採掘は東ドイツでも行われており、そこで働いていて死亡した労働者は死後に解剖を受けた。その28995症例(1957-94年)のうち、5974例に肺ガンが認められた。
 3つの年代に区分して調査したところ、労働条件が悪く採掘カスを吸い込み放題だった1946-54年には34%が肺ガン、15.7%が非肺ガンに罹患しており、酸素ボンベとマスクによる換気が普及し始めた1955-70年には22.8%が肺ガン、20.9%が非肺ガンに罹患、ラドン被曝量に制限を設けるようになった1971-89年には17.2%が肺ガン、18.9%が非肺ガンの罹患となった。

ウラン関連工場とウラン被曝

湾岸戦争と健康についてアメリカ国際医学科学協会が最近発表したレポートでは、いくつものウラン関連工場(ウラン製造工場労働者、ウランが豊富な環境にある労働者、ウラン工場従業員、核物質組み立て工場労働者)における研究を取り上げている。学会は、ウランからの被曝線量が200ミリシーベルトもしくは25センチグレイ未満ならば、肺ガンを引き起こすことはないであろうと結論づけた。しかし、これよりも高いレベルの放射線を被曝した場合に関連性があるかどうかについては、判断するに足りる証拠が揃っていないとも述べている。
 この学会は、『ウラン鉱山労働者はラドン系列核種からの被曝があるため、ウランのみの影響を判断するのが難しい』というBEIRWの意見も報告している。ウランの影響を決定する上で不確定な要素として、個々の労働者における喫煙歴の把握がされていないということがある。」

ウラン鉱山労働者と肺ガンとの関係は以前から指摘されているのですが、この原因とされているのはウランではなくラドンです。ウラン238の壊変系列下流にラドンがあるので、ウラン鉱山には必ずラドンが存在します。しかも半減期が約4日間とウラン238にくらべて圧倒的に短いため、同じ原子数ならラドンの方が遥かに強力な放射能を持っているのです。また、「喫煙歴の把握がされていない」というのは大きな問題です。喫煙が肺ガンの大きな危険因子であることは言うまでもないですが、きちんと調べれば統計学的な手法によってこの影響を排除することが可能ですので、これを勘案した報告が待たれるところです。ウラン工場の調査では、あまりはっきりとした結論は出ていないようで、こちらも追加調査が待たれます。こういう被曝環境での労働に関しては、毎年の健康診断が義務づけられているはずなので、これに24時間蓄尿もしくはスポット尿によるウラン濃度測定を組み合わせたら結構ラクにできると思いますけども。
さて、続き。

「放射線誘発性白血病

広島および長崎

 原爆のデータから、白血病が放射線により誘発されることが知られている。日本のデータによれば、潜伏期は2.5年で、その後2.5年間に発症率が上昇していき、被曝から5年後には明らかに発症率が高くなる。しかし、日本の被爆者のデータは被爆後5年目から本格的な収集が開始されたので、潜伏期間に関してはあいまいさが残る。

強直性脊椎炎

 強直性脊椎炎は、悪性疾患ではないが、X線を使用して治療を行う。1965年、ブラウン氏とドール氏は、1935-54年に放射線治療を受けた81名の死因を調査した。その結果、治療後の白血病と再生不良性貧血による死亡が有意に上昇しており、重点的に照射したエリアは治療後6-15年で通常の2倍のガン発症率を示した。1982年にはスミス氏とドール氏が同じ治療を受けた人達を対象にしてさらに詳しい分析結果を発表している。
 強直性脊椎炎に対して放射線療法を行った患者と白血病との関係を調査した最も新しい論文は、1995年のワイス氏によるものである。放射線療法を行った患者を1992年1月から追跡した結果、通常の約3倍の白血病関連死亡が認められた。また、白血病による死亡は、最初の治療から1-5年経過後が最も多かった。それに加え、直線指数モデルを使用すると、照射後1-25年後における白血病罹患リスクは、1グレイあたり7倍であった。」

放射線による発ガンで最も有名なのが白血病。原爆被爆者でしっかり調査されており、関連性はまず間違いのないところです。もちろん白血病がすべて放射線で起こるわけではありませんのでご注意を。
さて、劣化ウランとの関係についての話に移ります。

湾岸戦争参加兵の肺ガンおよび白血病

 兵士における肺ガンおよび白血病は、主に逸話的なものであり、疫学的調査デザインとして洗練されたものではないが、肺ガン及び白血病の発症率が一般人と比べて有意に多いという結果は、今のところ出ていない。アメリカ国際医学科学協会の報告によると、劣化ウランと白血病の関連は見つかっていないとして、重要性を持つ指標として白血病をリストに入れることはしていない。

アメリカの誤射被害者

 湾岸戦争に参加した兵士で、味方の劣化ウラン弾による誤射を受けた者に対する研究が進行中である。最初の研究は30名の兵士を対象に開始されたが、今では60名に対象が増えている。約15名の兵士が体内に劣化ウラン弾片を残したままであり、尿中にウランの排泄が続いている。今のところ、肺ガンや白血病を発症した兵士はいない。

湾岸戦争参加兵の死亡研究

 マクファーレン氏らは、湾岸戦争に参加したイギリス軍兵士53000名の1999年3月31までの死因について調査を行った。その結果、対照グループに比べて死亡数が多かったものの、差は僅少で、統計的な有意差をもたないことが判明した。調査対象と同等な対照グループは、年齢、性別、階級、部隊、任務量を同じに合わせた湾岸戦争非参加兵である。このパターンは、湾岸戦争のアメリカ兵士と他の紛争に参加した兵士に読み替えられる。この研究は2000年9月30日に発表されたが、このときは概略が存在するのみだった。後に正式発表されたときには少し結果に異なる部分があり、死亡数が上回った原因としては事故死(とくに交通事故)によるところが大きいとされた。また、悪性新生物による死亡は、湾岸戦争参加兵と非参加兵で大きな違いはないと結論づけていた。最新のフォローアップでは、死因となったガンの種類に両者で違いが存在している。しかし、ガンによる死者数自体が少ないため、イギリス軍の湾岸戦争参加兵にガンによる死者が多いと断言できる証拠はまだ存在していない。」

劣化ウラン弾の誤射を受けた兵士は、約10年経過後もガンの発症は無いようです。しかし放射能や重金属による発ガンは、潜伏期が数十年に及ぶことも稀ではありません。劣化ウラン弾が食い込んでいる場所や、ウランが蓄積する骨および骨髄、被弾時に劣化ウラン粉末を吸入したと推定される肺などからの発ガンおよびウラン排泄器官である腎臓の障害に関し、注意深く観察していく必要があります。
イギリスの研究の詳細は、劣化ウラン弾の話その5を参照して下さい。大規模疫学研究なので、この手のレビューではしょっちゅう取り上げられます。こちらも、ガンが有意に多いという結果は出ておらず、今後のデータ待ちといったところです。
次は、劣化ウラン弾が使用された現場のデータ。

「イラクのガン統計

 イラクのガン統計は、国際ガン統計センターから出版されている「5大陸ガン発生率」には含まれておらず、現在利用できる統計は1998年のバグダッドで開催された会議の議事録だけである。これにはモスル病院における1989-90年のおよび1997-98年の統計と、イラク軍での若干のデータが含まれる。

モスルの患者統計

 1989-90年と1997-98年におけるモスル病院のガン患者数はそれぞれ200名と894名であった。そのうち男性肺ガン患者はそれぞれ20.5%122名中25名)および25.7%501名中129名)、女性肺ガン患者はそれぞれ2.6%78名中2名)および3.6%393名中14名)であった。白血病の男女合わせた割合は、それぞれ11%200名中22名)および10.6%894名中95名)であった。以上は来院患者に占めるパーセンテージであり、モスルおよびその周辺の人口10万人対の数字ではない。両期間において、肺ガン及び白血病が占める割合は似通っており、患者数の増加の原因はいくつか考えられる。確かなことは、しばしばメディアで取り上げられるような、劣化ウラン暴露との関連は薄いということである。イラクを訪れた後、シコラ氏はこのような増加の原因について次のようなコメントを出した。「饑餓及び食料貯蔵施設の欠如から、胃ガンが増加している」「湾岸戦争の主要戦闘地域となったイラク南部において、白血病が約3倍に増加している」

イラクにおける最大の問題点は、湾岸戦争以前の信頼できる統計データがほとんどないため、もともとガンが多いのか、湾岸戦争後に多くなったのか、よく分からないということです。モスル病院のガン患者数は湾岸戦争後に4.5倍になっていますが、これも人口10万人対の発症率ではなく来院患者数なので、ガンの発症自体が増加したのか、イラクに対する経済制裁などで治療が困難になり、ガン患者が地方の中小病院から大病院に回された結果なのか、よく分かりません。来院患者に占めるパーセンテージではとくに変化がないとのことですが、これも発症率の比較ではないので、これをもって劣化ウランによる発ガンがないと断言することはできないのです。ちなみにシコラ氏というのは、British Medical Journalの1999年発行通巻318号203ページでイラクのガン発症についてコメントを述べている方。
続けます。

「軍の統計

 『劣化ウランに暴露した軍関係者』における1991年から1997年の新規肺ガン発症および白血病発症を調査した報告が1998年に出された。それによると、肺ガン新規発症者は1991年から順に4名、6名、39名、40名、41名、40名、40名であり、白血病は10名、28名、45名、53名、65名、70名、40名であった。本研究は症例対照研究を謳っているが、対照のデータが公表されておらず、症例及び対照の母集団の定義が曖昧であり、データの質が悪いと言わざるを得ない。

発ガン性物質の影響

 イラクでのがん発症者数の増加は、発ガン性物質への暴露にも原因があると考えられる。戦争と関連している物質としては、ベンゼン系化合物があり、これは急性骨髄性白血病の原因となる。ベンゼン系化合物は機械化された戦場において大量に発生するが、その原因は燃料、炸薬、推進薬、プラスチックなどの炭化水素が燃焼することにある。湾岸戦争では、クウェートの油田が放火されたことも考慮に入れなければならない。イラク軍が油田に放火することで発生した黒煙は、風に乗ってイラクへと到達した。発生した煤の種類や量は肺に障害を与える原因となりうるものであり、それに加え、煤には発ガン性物質として知られる大量の多環系芳香族炭化水素も含んでいた。イラクの生物化学兵器が貯蔵されていた場所は判明しておらず、そこが爆撃などの被害を受けたかも不明であるが、イラクは1981-88年のイラン・イラク戦争でマスタードガスを使用している。マスタードガスによる長期の影響としては、免疫系への障害、先天性異常、白血病およびリンパ腫の発症率上昇が知られている。」

「軍の統計」として紹介されている原本は、参考文献を見るとLopez D, editor. Conference on health and environmental consequences of depleted uranium used by U.S. and British forces in the 1991 Gulf war; 1998 December 2-3; Hotel Al-Rashid, Baghdad.となっていますが、何の雑誌に載っていたんでしょうか。
劣化ウラン弾による被害を特定する上で重要なのが、他の発ガン因子を排除すること。湾岸戦争では油田放火による大量の煤煙などの影響もありますので、尿中ウラン測定など、実際に劣化ウランに暴露しているかどうかを把握して統計を取ることが重要となりますが、なかなか行われていないのが現状です。
最後に、ユーゴの状況。

「バルカン紛争における劣化ウラン

 19993-6月のコソボ紛争では、オイル精製施設、燃料工場、肥料プラントが広範な被害を受けており、結果として生じた環境汚染を健康被害の原因として考慮に入れなければならない。これら環境汚染が特に酷いところはPancevoKragujevacNovi SacBorの4箇所である。これらの箇所については「環境汚染及び健康問題を、紛争の結果によるものと区別するのが困難である」と報告されている。水銀やダイオキシンなどによる重大な汚染も報告されており、何年にもわたって健康被害を引き起こす可能性がある。
 劣化ウラン弾はアメリカ空軍A-10攻撃機から発射されるが、巡航ミサイルにも劣化ウランが含まれるかどうかは定かでない。国連環境プログラムと国連人間居住センターバルカン任務部隊によれば、『コソボおよびおそらくセルビアで使用された劣化ウランに関しては、量も、場所も、不明である』。2000年2月に出された報告では、31000発の劣化ウラン弾が使用され、劣化ウラン重量は8401kgに達したとされる。しかし、『現時点では劣化ウラン弾が使用された全ての場所を正確に特定することは不可能である』とも述べている。」

こちらでも劣化ウラン以外の環境汚染物質による影響を除外するのがネック。むしろ、「劣化ウランだけ禁止しても、戦争をしている限り遅延性の健康被害は無くならない」と言い換えることができるかもしれません。ともかく、このレビューでは、劣化ウランと発ガンの間にははっきりとした関連性を指摘せずに筆を置いています。

続いては、劣化ウランと催奇形性を論じたレビュー。Environmental Health:A Global Access Science Source 2005, 4:17に掲載された、Teratogenicity of depleted uranium aerosols: A review from an
epidemiological perspective
「劣化ウランエアロゾルの催奇形性:疫学的観点からのレビュー」で、著者は1Biostatistics and Epidemiology Concentration, University of Massachusetts School of Public Health and Health SciencesのRita Hindin1氏ら。

まずは背景から。

 「劣化ウランは人工の放射性重金属である。天然ウラン(1000ppm以上のウラン鉱石)は、より純粋なウランへと精錬される。天然ウランは重量比で99.274%のウラン2380.25%のウラン2350.0057%のウラン234から構成される。放射能比だと99.75%のウラン2380.25%のウラン2350.005%のウラン234である。このウラン濃縮の過程で、大量の劣化ウランが生み出される。
 劣化ウランの化学的、重金属的性質は天然ウランやウラン酸化物とあまり変わらない。しかし、ウラン238含有量が少ないので、これから放出される放射線も少ない。劣化ウランは天然ウランの60%の放射能を持つとされるが、これはアルファ線に関するもので、娘・孫核種の放出するベータ線やガンマ線を考慮すると、劣化ウランは天然ウランの75%の放射能を持つとされる。
 劣化ウランは鉛の1.7倍の密度を持つ。また、大気中・水中では室温でも自然発火しうる。これらの性質を活かして民間および軍での使用が行われており、病院でのX線シールド、航空機やヨットのバラスト、徹甲弾などの利用がみられる。
 徹甲弾では、衝突時の高温で先端部が溶解しながら装甲内部にめりこんでいくため威力が高い。装甲に激突した徹甲弾は、通常10-35%、最大70%が微細粉末として空中に放出される。大部分の直径は5ミクロン以下で、人間が肺の奥にまで吸い込んでしまうレベルの大きさである。文献によれば、26マイル以上も風で粉末が飛ばされた例もある。地上に落ちた劣化ウラン粉末は、地下水へと浸透していく。
 ウラン238はまずアルファ崩壊を起こす。アルファ線は貫通力が小さい。娘・孫核種が放出するベータ線やガンマ線は貫通力が強い。アルファ崩壊は体内で起こらないと被曝による障害を人体に与える恐れはないが、ベータ崩壊やガンマ崩壊よりも人体に対する影響が大きい。
 もちろん劣化ウランによる外部からの被曝の影響もある。イラクでのガイガーカウンター測定では、劣化ウラン弾は自然環境中の1000-1900倍の放射能を持っていた。劣化ウラン弾で破壊されたある戦車は、年間許容放射線量の2.6-2.7倍の放射能をわずか1時間で放出していた。
 アメリカでは50箇所以上で劣化ウラン弾の研究開発や生産、射撃などが行われている。また、イギリスなどでも配備されているほか、湾岸戦争だけでなく1994-95年のボスニア、1999年のコソボ、2002年のアフガニスタン、2003年のイラクで使用された。
 劣化ウランの使用拡大により、これにさらされる人々の数も世界中で拡大している。環境中の劣化ウランに暴露されている人々が実際どれくらい存在するかは分かっておらず、劣化ウランによる障害を理解する上でもこれらを正確に測定することが必要である。
 上記のように、劣化ウラン弾はほぼ純粋なウラン238で出来ており、命中時に一部がエアロゾルとなるが、これに催奇形性があるかどうかが本論文の注目点である。ただ、天然ウランや、エアロゾル化していない劣化ウランの催奇形性についても論じているが、これは可溶性天然ウランの催奇形性が劣化ウランの催奇形性を裏付けるものとして注目されるからである。」

例の如く劣化ウランの説明から入っています。もう解説は不要かな。
本文を続けます。

「暴露経路

 劣化ウランは金属として、または酸化ウランとして体内に入る。エアロゾルの吸入、食事などからの摂取、傷口からの混入などが経路としてあげられるが、吸入がもっとも一般的な経路である。5ミクロン以下の劣化ウランは、肺胞にまで到達し、マクロファージに取り込まれてリンパ節に運ばれる。取り込まれた劣化ウランは化学的毒性と共にアルファ線による放射線毒性を発揮する。劣化ウラン微細粉末は可溶性ではないので、ある特定の場所に塊を作り、アルファ線照射のホットスポットを形成する。この不溶性劣化ウランは、何らかの方法で肺から生殖組織まで運ばれなければ、催奇形性を発揮することは考えにくいのだが、今のところそれを支持するような論文は出ていない。もしかすると、バイスタンダー効果など、低線量照射による新しい影響によって害が起こるのかもしれないが、本論文ではそこまでは踏み込まない。
 劣化ウランは大部分が不溶性であるが、2酸化ウラン、8酸化3ウラン、3酸化ウランなどがある程度の可溶性を持っており、2酸化ウラン陽イオンという形で水に溶け出す。劣化ウランのうちどれくらいが可溶性を持つかは、その土壌の性質によって異なり、酸性土壌ではより多く溶け出す。人体の中での可溶性半減期は、短くて4年弱程度と見積もられている。
 湾岸戦争で劣化ウランに暴露した兵士に関する研究では、尿中劣化ウランが吸入後では8-9年、被弾後では7年にわたり検出されている。以上より、体内に入った不溶性の劣化ウランは、一部が可溶性のものに変化し、局所から全身に分布するということが分かる。
 体内に入った劣化ウランによる健康被害は、化学的毒性と、放射線毒性による。毒性の種類を決めるのは溶解度である。可溶性ウランが化学的毒性を主に発揮するのに対し、不溶性ウランは放射線毒性を主に発揮する。劣化ウランが集まりやすいのは腎臓と骨である。酸化ウランの集積については不明な点も多いが、骨、腎臓、生殖器、脳、肺に蓄積し、腎毒性、遺伝子毒性、発ガン性、催奇形性を発揮するとされる。卵子、胎児、精子に劣化ウランを暴露する研究が行われている。」

この段では劣化ウランが体内に入った際の移動経路、蓄積臓器について述べています。読んで字のごとし、といった内容で、ここもとくに解説不要でしょう。

「人間における催奇形性の論理的基礎

いくつかの例外を除いて、ウランの生殖毒性が動物実験で研究されるようになったのは1980年代の後半になってからである。ここ15年で行われた研究はおもに2つのグループで実施されていて、それはスペインのバルセロナ大学とアメリカ陸軍病院である。スペインのグループは少なくとも6つの論文を出していて、酸化ウランの2価の陽イオンをマウスの雌に与えると、骨格筋などの奇形や骨の発育不全が起こり、原因はウランの放射線でなく化学毒性によるものだろうと結論づけている。劣化ウランの生殖系に対する化学毒性は、分子レベルでDNARNAを傷害すると共に、細胞レベルや臓器レベルでも毒性を発揮し、その障害臓器として精巣や胎盤が含まれ、また胎児も障害を受ける。
 雄のラットに経口投与した2つの研究では、精巣組織や精子の元になる細胞に障害を与えることが示されており、最近の別の研究では、劣化ウランがエストロゲンに似た作用を示すことが示唆されている。
 陸軍病院の1994年の研究では、劣化ウランペレットを雄のラットに埋め込んだところ、精巣のウラン含有量が増加し、雌のラットに埋め込んだところ、胎盤と胎児で微量が検出されたが、明瞭な奇形は起こらなかったと結論づけられている。劣化ウランを埋め込んだ雌のラットでは遅発性の生殖系障害が生じることが示唆されていて、埋め込んでから時間が経つほど、生まれる子ネズミが小さくなったという。陸軍病院の他の研究で、体内の劣化ウランペレットが変異原性を持つことが示されている。また、陸軍病院におけるヒトを対象とした研究では、劣化ウラン弾の破片が食い込んだ兵士の生殖系健康指数に微妙な変化がみられたという。
 ウランの生殖毒性に対する中国の研究では、ラットの胎児に致死性異常もしくは骨格筋異常が多く出現したとされる。また、精子のDNA傷害も報告されている。細胞実験では、二酸化ウランの2価の陽イオンがDNAを傷害することが示されている。精子の元になる細胞では、DNAの密度が濃いので、こういった傷害をとくに受けやすい。
 1997年、ウラン鉱山で働く人達に、異常染色体が出現していることが報告された。また、2001年には劣化ウラン弾の破片が体内に残っている湾岸戦争参加兵で同様の染色体異常が見つかったという報告が出された。2003年には16人の湾岸戦争やバルカン戦争参加兵を調査したところ、同様の変化が見つかった。ウラン鉱山の近くや、テキサス州の軍射爆場近くに住んでいる非喫煙者を対象に調べた検査でも染色体異常が見つかった。
 ウラン以外の重金属による催奇形性も、劣化ウランの障害を考える上で参考になる。1996年、ベネズエラの重金属汚染地域のそばで生まれた正常胎児20例と無脳症胎児20例の報告がなされた。鉛と水銀は腎臓や肝臓で無脳症胎児の方に多く含まれ、バナジウムは脳組織で無脳症胎児の方に多く含まれた。この報告では、鉛や水銀が原因で無脳症になるのか、結果として無脳症胎児に蓄積するのか、どちらかをさらに突き詰める必要があると結論づけている。」

いよいよ本題に入ってきます。ラットやマウスを使用した動物実験では成長障害や先天奇形を引き起こすという報告がある一方で、奇形は生じていないという報告もあり、もう少し突き詰めることが必要かもしれません。「ヒトで染色体異常が生じている」というのは、細胞の一部に異常がみられるという意味であって、染色体異常による先天奇形が起こっているわけではないのでご注意を。
では続き。

「劣化ウランによる催奇形性研究の疫学

一般人における劣化ウラン摂取による催奇形性の調査は、そういう摂取を行っている人々を見つけ出す段階でまず苦労する。親が奇形原性物質にさらされるのには、2つの異なるレベルがある。とくに、暴露量が個人の活動(特定物質の消費など)よりも周囲環境に左右されるような場合、生体マーカーの測定により暴露レベルをはっきりと示すことが可能である。劣化ウランに関しては、そういった生体マーカーによる調査が行われていない。
 環境レベルでは、暴露リスクは周囲環境に奇形原性物質が存在するかどうかや、何回汚染地域に足を運んだか(ただ立ち入った証拠が得にくいのが問題だが)を調査することで判断される。判断材料が少ないだけに、個々人にどれくらい影響するかははっきりと述べにくいのが問題である。
 劣化ウランエアロゾルは、他の奇形原性物質と一緒に存在するため、これのみの影響を調べるのが難しいという問題点もあるが、暴露を受けた人々が置かれた様々な状況を鑑みて判断するのが重要である。」

ここでは疫学調査における問題点を指摘しています。やはり「本当に劣化ウランに暴露したのか、どれくらいの量を体内に摂取したのか」が最もネックとなっているようです。総合判断を薦めていますが、結論の説得力が弱まってしまうのが痛いところ。
さて、序章の最後。

「本レビューに含まれる要素

 この論文では、劣化ウランの生殖毒性(変異原性、催奇形性含む)について考察している。父親への劣化ウラン暴露も含む。ヒトの疫学的調査は身体奇形を対象とするものに限った。劣化ウランだけでなく、天然ウラン暴露によるものを含んでいるが、ウラン以外の微量放射線を含む重金属は除いてある。」

ということで、実際の研究例をいくつか列挙しています。

「ソコロの症例

最も早い劣化ウランの調査は、アメリカのコミュニティの活動から開始された。ニューメキシコ州ソコロ郡は、劣化ウラン弾実験場の風下にある。コミュニティの活動家が1979-1986年のソコロ郡における新生児の奇形を調査した。著者はニューメキシコ州の戸籍を調査していると述べている。ただ、1985年に2名の奇形児を報告しているが、これは戸籍には記載がない。この郡では1年に250名の新生児が生まれるが、5名に水頭症がみられたとの事である(ただし、うち1名は戸籍に記載がない)。他の奇形に関しては、とくに多いということはなかったという。
 これら水頭症はすべて1984-86年に発症している。1998年に、同郡における1984-88年の状況を別のコミュニティが調査した。それによると、ニューメキシコ州ではこの5年間で19症例の水頭症患者が新たに発症し、うち3名がソコロ郡(ニューメキシコ州の人口の1%以下にすぎない)だったという。しかし、これらの調査は、方法論的に信頼性に欠ける点が多々あるため、他の「靴の裏をすり減らした」調査を集めるなど、慎重な追跡調査が必要である。」

まずは劣化ウラン弾射爆場の風下地域での民間調査から。ただ戸籍登録を調べたはずなのにそれに記載がないというのはちょっと信頼性に乏しいようで、公衆衛生学の専門家による調査が待たれます。

「ABDCAssociation of Birth Defects Children)症例

水頭症はGoldenhar症候群の症状の1つでもある。ABDCは、1991年の湾岸戦争に参加した男性から誕生した子供にGoldenhar症候群が通常より多く見られることを発表した。ABDCは、親からの子供の先天性奇形に関する報告の要請を受けて集計している。子供の先天性奇形を訴えた親が、考えられる危険因子の1つとしてとりあえず1991年の湾岸戦争への従軍を挙げているため、真の危険性よりも過大に評価されている可能性がある。ちなみにGoldenhar症候群は、耳、目、顔面、頸椎の形成不全で、しばしば水頭症を合併する。

Goldenhar症候群のコホート研究

ABDCの警告を受け、軍病院が調査に乗り出した。湾岸戦争従事者は10万出生に対して14.7名の患者がいたのに対し、非従事者は10万出生中4.8名で、数字だけ見ると3倍の差があったが、実際の患者数は5名と2名で、統計学的に有意であるとまではいえなかった。従事者として調査したのは前線任務に就いていた兵士ばかりで、戦闘による体の疲弊が奇形の原因となった可能性があり、調査対象の選び方に多少の問題がある。疫学的観点から見てみると、本研究は仮説に縛られすぎたため、サンプルに偏りが出来てしまい、危険性が増すかのような結果を生んだといえる。」

続いて、水頭症関連からGoldenhar症候群の調査結果へ。ただこちらも信頼性に欠けるようで、もう一度調べ直した方が良いようです。

「Dr. Guntherの報告

湾岸戦争の少し後、イラクで勤務していたドイツ人医師がイラクでの病気の現状について報告を始めた。彼は系統だったデータを示していないが、彼の臨床的経験から、劣化ウラン弾が人間に恐ろしい死をもたらすのではと確信した。1996年に彼は劣化ウラン弾による健康被害について記した本を出版し、2000年にはさらに図版を追加するなどして3カ国語で出版した。ただ、2000年出版のものに載っている28の病気の子供の写真のうち、4枚は公衆衛生や栄養欠乏からくる感染症で、2枚は飢餓による症状である。また、水頭症の写真は4枚あった。」

概ね優れた内容が書いてあっても一部で台無しになる見本かもしれません。某番組の発酵食品みたいに。

「イラクのバスラにおける研究

 臨床疫学研究チームがバスラに3つある大病院のうちの1つで実施した調査報告がある。バスラは人口160万人で、イラクでは2番目に大きい年であり、湾岸戦争で劣化ウラン弾による大規模な爆撃をうけた。1990-2000年の間に毎年9845-13905人がこの病院で生まれている。その間の異常総数は表1(下)の通り。
 第1回目の論文では1990-1998年が検討されており、1995年以降に新生児異常が増加している傾向が見られため、1991-1994年、1995-1998年に分けて分析している。
 第2回目の論文では1990年、1991-1994年、1995-1998年、1999-2000年と3つに分けて分析している。結果を表2(下)に示す。この論文はまとめ方が雑で、1999-2000年のところに第1回目の論文で調べていなかったものが突然追加されていたりする。とくに水頭症について言うと、第1回目の論文では全く調べられておらず、第2回目の論文ではこの病院に水頭症患者は1998年まで1人もいなかったことになっている。しかし、バスラの病院関係者に聞いたところ、1998年以前にも水頭症患者は存在しており、90年代後半にかけて頻度が上がったという。」

表1

出生数 先天性異常数 先天性異常発症率(1000人対)
1990 12161 37 3.04
1991 9845 28 2.84
1992 11800 23 1.95
1993 12416 28 1.31
1994 12250 36 2.93
1995 10576 46 4.35
1996 10470 48 4.56
1997 13653 32 2.34
1998 10186 79 7.76
1999 13905 136 9.78
2000 12560 221 17.6
2001 11445 254 22.19

表2

1990 1991-94 1995-1998 1999-2000
総出生数 12161 46311 44885 26465
先天性疾患の種類[出生1000人対(出生数)]        
全先天性疾患 3.04(37) 2.48(115) 4.57(205) 13.49(357)
心血管系        
先天性心疾患 0.16(2) 0.39(18) 0.96(43) 1.36(36)
中枢神経系        
無脳症 0.25(3) 0.30(14) 0.36(16) 1.74(46)
水頭症 本文参照 本文参照 本文参照 1.47(39)
脊髄髄膜瘤 0.70(9) 0.43(20) 0.94(42) 1.13(30)
筋骨格系        
軟骨無形成症 0.25(3) 0.06(3) 0.20(9) (4)
関節拘縮 0 0 0 (1)
アザラシ肢症 0 (1) 0.11(5) 1.21(32)
多発先天奇形        
多発先天奇形 0.58(7) 0.65(30) 1.09(49) 4.23(112)
顔面        
口唇口蓋裂 (1) 0.15(7) 0.20(9) 0.79(21)
先天性        
染色体異常 0.16(2) 0.13(6) 0.33(15) 0.30(8)
消化器系        
食道閉鎖症 (1) (3) (3) 0.42(11)
臍帯ヘルニア (2) 0.11(5) 0.11(5) 0
肛門閉鎖症 (1) (1) 0 0.19(5)
横隔膜ヘルニア (4) (1) (2) (3)
泌尿生殖器系        
膀胱外反 (2) (1) (2) (1)
その他        
単眼症 0 0 0 (2)
魚鱗癬 0 0.11(5) 0.11(5) 0.23(6)


湾岸戦争での劣化ウラン弾はA-10A攻撃機による機銃掃射が主な使用源(総使用重量比約90%)であり、バスラ市街が「大規模な爆撃を受けた」とは考えにくいのですが、イラク南部には共和国防衛隊が展開していましたので、巻き添えを受けた可能性はあります。ともかく、1999-2000年の総出生異常の1割以上を占める水頭症の統計に不備があるというのは痛い。もう一度2006年くらいまで調査し直して発表されることを期待します。

「イラク、Diwaniah病院

バスラの北東にあるDiwaniah市(湾岸戦争時に航空攻撃を受けた場所でもある)の母子病院で、西暦2000年の出生児について神経管欠損を調べた研究がある。発症率は出生1000あたり8.48707名中73症例)だった。著者らは劣化ウランによる母体暴露によるのではないかと考えたが、これを支持するデータがなかったため、他の危険因子を調べてみたものの、とくに明らかなものはなかったという。ちなみに1998年7月から1999年2月におけるDiwaniahでの神経管欠損発症率は出生1000あたり5.46124名中33症例)だった。」

ちなみに神経管欠損(神経管閉鎖不全)の発症率は、世界の地域ごとに差があり、日本では1000出生あたり1名、アメリカが1000出生に1.5名、イギリスのある地域では1000出生に15名。葉酸の不足で生じることが知られていますが、上の論文ではこれを含めて原因不明だったようです。前の論文にあったように、湾岸戦争前の先天異常データが不十分なため、もとから1000出生あたり5-8くらいの割合で神経管欠損があったのか、戦後級に増えたのか、これだけでは判断できません。

「イラク先天性障害病院

この研究は、イラクの2才以下の小児について先天性障害の有無を調査したものであり、1989-1990年の1038症例と、1992-93年の945症例を比較している。無脳症と水頭症が0.5%1.1%、骨格筋障害が2.8%4.6%だった。ただ両親が住んでいたところや父親の職業についての情報は何一つ書かれていない。」

この論文は劣化ウランに関連したものというよりは、先天性障害の増加傾向のみを調査したもののようです。

「モスターのコホート研究

 ボスニア・ヘルツェゴビナのモスター地方(1991-1995年の紛争で劣化ウラン弾が使用された)で、1995および2000年に生まれた新生児の先天性障害に関する研究が行われた。しかし先天性障害を持つ新生児が少なかったうえ、方法論的にかなり怪しい研究で、例えば1995年と2000年で先天性障害に含む範囲が違っていたりするのである。」

これまた頼りにならない研究。わざわざ紹介しなくても…。ユーゴ関連で掲載されているのはこれだけです。

「アメリカ軍兵士のコホート研究

湾岸戦争に参加した兵士のうち、イラクにいた兵士だけをとりあげて子供の奇形について調べた研究はまだない。ゆえに、従軍した兵士全体を調査した研究をとりあげてみる。
 2000年と2003年に出た論文では、1989-1993年に湾岸地域で作戦に就いていた兵士の子供に関して調査を行っている。従軍する前に生まれた子供と後に生まれた子供で比べると、父親が従軍していた場合、大動脈弁狭窄で6倍、腎臓無形成・低形成で16.3倍、三尖弁閉鎖不全で2.7倍、母親が従軍していた場合、尿道下裂で6.3倍、従軍前に比べて発症率が上昇していた。」

これは劣化ウランとの関連については追及していない論文なので、尿中ウラン排泄量などと組み合わせたさらなる研究が期待されます。

「アメリカ軍現役兵士の新生児を対象とした研究

上の研究は、劣化ウラン暴露との関係を特に調査したものではない。湾岸戦争に従軍していた兵士から1991-1993年に軍病院で生まれた子供を対象にした別の研究もある。対象は30000人以上の男性と4000名近い女性で、調査の結果、どんな部隊に従軍していたかや、どれくらいの期間従軍していたかで、子供の奇形発症に統計学的な関連はなかったという。」

こちらは部隊や従軍期間など、環境による差を調べています。弾丸の飛び交う前線で長期間勤務していた兵士と、後方で輸送通信任務にあたっていた兵士では、当然劣化ウラン弾への暴露状況も違うわけですが、それによる差は無かったとのこと。上の研究と組み合わせて発展させればいい論文になりそうです。

「アメリカ軍によるアンケート調査

 湾岸戦争従軍兵と、非従軍兵を対象とした大規模なコホート研究がある。これは妊娠・出生の状況を対象者に書いてもらっているので、想起バイアスがかかるという問題はあるが。調べたのは1996年で、アンケートを送った兵士のうち、湾岸戦争参加兵士は75%、非参加兵は65%が解答を寄せ、前者は3397、後者は2646の出生があった。結果、先天性異常総数が湾岸戦争参加兵で男女とも上昇していた。ただ異常の詳しい内容については記載がない。」

こちらは劣化ウランの話その7で紹介したアメリカ軍のアンケート調査。実際に医師が診断したわけでないので、ちょっと信頼性が怪しい上、原因の詳細については考察しておりません。

「ミシシッピー州兵の研究

 一般の出版物で紹介された報告に呼応して、湾岸戦争に参加したミシシッピー州兵の中に奇形をはじめとする健康問題を訴える一群がいることがわかった。そこで湾岸戦争に参加した284名に健康調査をすることになり、うち254名が応じた。67の出生があり、メジャー・マイナーあわせて5名の先天性異常が発見されたが、これは一般と比較してとくに多い数字ではない。ただ、サンプル数が少ないので、信頼性には問題がある。」

各部隊での兵士の研究も行われておりますが、細分化すればするほど対象の数が少なくなって信頼性に劣るのが欠点。やはり国家もしくは国際プロジェクトで一気に調査しないと正確な評価は困難です。

「イギリス軍兵士に対する調査

 2004年に湾岸戦争後生まれの兵士の子供について手紙で調査を行った。
 調査に協力したのは男性兵士24379名(派遣兵士の53%)で、うち18439名が調査時点でも現役だった。また、1200名以上の女性兵士も回答した。回答率が50%そこそこと低いので、バイアスがかかっていないかどうかの解析も行っており、ないと判断されている。
 先天異常は11のクラスと18のサブクラスに分類され、分析された。結果、いくつかのクラス・サブクラスで、湾岸戦争参加兵の方が非参加兵よりも発症率が高いことが示された。ただ、発症率が低いために誤差が生じやすい異常を除いて検討すると、とくに有意な差はみられなかった。」

こちらも劣化ウランの話その7で紹介したイギリスでの調査。詳細はそちらを参照して下さい。劣化ウランとの関連は不明との結論になっています。

「カナダ軍兵士の調査

 カナダ軍は湾岸戦争に4262名の兵士を派遣したが、彼らに健康調査を行うことにしたところ、73%が応じた。比較対照としては、派遣されていないカナダ軍兵士を採用した。先天異常の調査(自己申告)では、湾岸戦争以前から湾岸戦争後まですべての時期で派遣兵士の方が発症率が高くなっており、おそらくバイアスがかかってしまったものと思われる。」

こちらは自己申告の限界を示唆する結果となっています。健康に不安を抱える人は細かなことも異常として申告してしまうため、医師など専門の第3者による診断は必須でしょう。

「オーストラリア軍兵士の調査

 湾岸戦争に参加した兵士の80%以上にあたる1876名を調査した報告では、参加兵と非参加兵との間に先天異常の発症率の差はみられなかった。」

さらっと済ませているのは、調査人数が少なかったためと思われます。先天異常は最も多い神経管閉鎖不全でも1000出生に1例程度、中には数十万出生に1例というようなものもありますので、大勢を調査しないと信頼できる結果が出ません。

クウェート先天性心疾患病院の研究

 奇形が増加しているとの臨床的疑念が浮かび上がってきたため、クウェート先天性心疾患病院では1986-89年と1992-2000年の新生児の先天性心疾患を比較する研究を行った。湾岸戦争でイラク軍は770のクウェート油田に火を付けたため、煤煙により周辺の空気、水、土壌が汚染された。また、これらの地域では劣化ウラン弾による攻撃も行われている。
 1986-89年の頻度は10000出生中39.51992-2000年は10000出生中103.4で、とくにここ2-3年での増加が著しかった。17の心疾患カテゴリーのうち、13で有意な上昇が認められた。」

これは劣化ウラン弾の話その6で紹介したクウェートの論文。「これらの地域では劣化ウラン弾による攻撃も行われている」との文がありますが、原文中には劣化ウランのレの字も出てきておらず、この部分はこの論文の著者による付け足しなので注意。許容範囲なのかな…。

「シップロックウラン鉱山周辺での研究

 1992年、ニューメキシコのウラン鉱山地帯であるシップロック周辺に住んでいるナバホ族の先天障害を調査した研究が発表された。対象は1964-1981年にシップロックインディアン健康サービス病院で出生した13000以上の新生児で、先天性障害、発達障害などを調査している。両親がウラン鉱山で働いているかどうか、鉱山から0.5マイル以内に住んでいたかなどで分類して分析した。
 調査した13329名中140名に先天異常が発見された。それをさらに5つに分類し、両親のウラン鉱山の暴露程度と比較したところ、明らかな関係性は認められなかった。」

こちらはウラン鉱山での研究ですが、有意な異常は見られなかったようです。

「その他の報告

ニュース・メディアでは湾岸戦争参加兵やイラク住民の子供に多数の奇形がみられたり、稀な奇形が多く発生したりしているということが多数取り上げられている。1999年のイギリスの新聞では、バスラで働く医師(1日20-30出生を扱う)の話として、8月に無脳症児3人と巨頭症児4人、9月には無脳症児6人と巨頭症児9人、10月に無脳症児1人と巨頭症児4人が出生したという記事を載せた。また、別の医師の話として、湾岸戦争前後でダウン症の数が3倍に増えたという話も掲載された。
 LIFE誌や日本の平和団体も先天性障害を持つ子供の写真を載せた記事を掲載した。一般紙には、劣化ウランをバラストとして積んでいた航空機が墜落したオランダとドイツで、奇形が増えた事例が紹介された。」

オランダの話は劣化ウラン弾の閑話休題その2に掲載した2本の論文を参照して下さい。片方は劣化ウランとの関連を否定的に記述、もう片方は劣化ウランとの関連の証明は現時点では困難としていますが、新聞でどのように紹介されたのかは不明。これらの先天異常増加が劣化ウランと関連しているのかどうかの客観的な証拠に欠けるというのがメディア・論文問わず大きな欠点なわけでして、今後のさらなる研究が望まれる点でもあります。
続いて、どのような研究が望ましいかについて述べています。

「疫学的観点からの劣化ウランによる催奇形性の評価のための骨子

 劣化ウランエアロゾルの催奇形性の可能性に関し、信頼性の高い研究とは

1)       放射線医学、細胞生物学、動物実験による劣化ウラン研究から得られた実質的な発見であること
2)       劣化ウラン弾が使用される前のデータを含むイラク南部の先天性障害を調べたものであること

アメリカの劣化ウラン射爆場の風下における先天性水頭症の発生率の上昇を記述した研究は、他の劣化ウラン汚染地域での水頭症の発生に関し、興味深いものである。」

イラク陸軍兵力の80%が展開し、A-10Aの30mm劣化ウラン弾による機銃掃射をしこたま受けたはずのクウェートでの研究を推奨していない理由は不明です。また、調査対象となるヒトが劣化ウランにどれくらい暴露していたかを調べるのも重要と思われます。

 「また、さらなる情報を得る上で重要なこととしては

1)       方法論的に詳細を尽くした研究
2)       臨床的な印象をもとに、できるだけ多くのデータを集めた研究

ただし、調べる症例数が少ないと信頼性が得られないし、両親の自己申告を元にしたような研究でも信頼性が低くなる。調査に協力する人の割合が低い場合も同じである。
 思考の多様性は、因果関係の構築から生まれる。5つの古典的疫学的主題(時間のオーター、強さ、首尾一貫性、関連の特異性、コヒーレンス)が催奇形性の評価を形作る。コヒーレンスとは、「究極の基準で、以前に存在した理論や知識全てに対して重要視される」ものである。劣化ウランに関し、分子学的、細胞学的および実験動物レベルでの催奇形性が判明している。
 劣化ウランと奇形に関し、個人レベルで劣化ウランにさらされた場合の研究や、劣化ウラン以外の催奇形因子を除いた場合の研究が行われていないのが残念なところである。いまのところ、個人の劣化ウラン暴露量を調べるのは24時間蓄尿を質量分析にかけるしかないが、1人当たり1000ドルかかる。劣化ウランエアロゾルや、空中・地中の劣化ウランを測定する努力もされたが、調査が始まったのは一番早くても戦争終結から数ヶ月経った後のことであった。
 劣化ウラン粒子の二次的拡散のパターンは、別に浮かび上がる問題である。劣化ウランを吸入したり、経口摂取したりした量と、内在性劣化ウランの活性にはどんな関係があるのだろうか。また、吸入と経口摂取をどのように比較すればいいのか。劣化ウランが燃焼してからの経過時間にどれくらいの重要性があるのか。距離と危険性との関係はメートル単位で測定すればいいのか、キロメートル単位にまで拡大しなければならないのか。また、直線的比例関係なのか、違ったパターンなのか。風は重要な役目を果たすのか。劣化ウランを使用した場所に住んでいたり、引っ越してきたりした人達はどのような危険性にさらされるのか。
 先天性奇形に焦点を当てた疫学的研究への挑戦も行われている。カテゴリー分けの方法により、有病率を1000人に1人とか、5000人に1人程度にすることができ、それほど大勢を調べなくとも正確な結果を出すことが可能となる。劣化ウランの催奇形性を調べるための症例対照研究は、症例の状態のインジケーターとして、専用の奇形カテゴリーデザインを必要とする。
 出生時に見られる大部分の先天異常は、胎生早期に由来する。ゆえに、胎児期の発達プロセスが基礎的な情報となる。劣化ウランに関しては、胎生早期にどのような影響を与えるのかほとんど有効な情報がない。しかし、臓器システムに重きを置いたデータ収集や、個々の奇形に関する詳細なデータ分析が、胎生早期の影響を考える上で重要である。」

この部分の論調は的を射たもので、今後の研究に必要なことを述べています。
さて、続き。

「主要な疫学的発見に関する考察と、次のステップに関する提案

バスラでの研究は、示唆に富むと同時に不可解でもある。不可解というのは、報告されたイラクでのデータと、西欧諸国の奇形発生報告とのデータに食い違いがあるからである。注目すべき点として、

1)       戦争前の奇形発症率が低すぎる。1991年の戦争を境にして奇形が大幅に増えているが、大幅に増えた後の1999-2000年ですら、西欧諸国の一般人奇形発生率と同じぐらいのレベルにしか到達していない。西欧とイラクでは環境や宗教、日常生活リズムは確かに異なるとはいえ、西欧諸国と比べ、イラクでは、もともとそんなに奇形発生率が低かったのだろうか?もしくは、バスラの病院での先天奇形発見率が低かったのか?もしそうなら、全体的に発見率が低いのか、それとも病院によってランダムに低くなっていたのか?
2)       先天異常のカテゴリーについて。カテゴリー分けが西欧諸国で一般的に使用されているものと異なっている。各カテゴリーにどのような奇形が含まれるのか詳細な説明がないので、検討するのが困難である。

 水頭症のデータが混乱を生む例として上げられよう。1991-1998年にかけて、10万出生を経験しているのにもかかわらず、1人も水頭症が発症していないことになっている。また、小頭症の子供に至っては、1990-2000年の10年間にわたり1例も報告がなく、他にもこういったおかしなデータがないかどうか検討を要するところである。

3)       複数の先天奇形を持つ出生児を丸ごとひとまとめにして認識している。分析の観点から言うと、これは残念である。このカテゴリーはおそらく水頭症と小頭症を合併する小児にとって問題であろう。このような異常は、しばしば単独発症とはならないものだ。
4)       患児の妊娠中・周産期の情報に欠ける。

 これらの不完全さに注意すれば、重要な情報源となる。1990年の湾岸戦争前のデータと比較して、戦後のデータでは、

 神経管欠損
 多発奇形
 先天性心疾患
 口唇裂、口蓋裂
 骨格異常・アザラシ肢症
 先天異常総数


の頻度が上昇していた。

 バスラで報告された神経管欠損は、無脳症と脊髄髄膜瘤である。1990年と1999-2000年を比較すると、無脳症は10000出生のうち2.5から17.4に、脊髄髄膜瘤は7.0から11.3に増加した。この2つの神経管欠損の相対危険度は、1990年を1とすると、1991-1994年が0.741995-1998年が1.311999-2000年が2.91である。1999-2000年、この病院での無脳症と脊髄髄膜瘤を合わせた発症率は、10000出生中29に達した(もし髄膜瘤をその他の中枢神経疾患として分類していないなら、発症数がないので異常である)。
 (西欧における無脳症児の発生率は、アメリカの報告によれば1979-80年の10000出生中3.5から1986-87年の10000出生中2.3へと低下している。1990-1998年におけるバスラでの発症率は、1990年に2.5だったのが1991-94年に3.01995-98年に3.6と上昇している。)
 Diwaniahの研究は、神経管欠損に的を絞ったものであるが、無脳症と脊髄髄膜瘤、髄膜瘤、脳瘤を合わせた発症率が2000年に10000出生中84で、無脳症と脊髄髄膜瘤に絞ると10000出生中54だった。1999年に発表された西欧における一般人口での発症率と比較すると、これは高い割合である。
 詳細は不明だが、1999年2月から1998年7月における6124出生でもすべての神経管欠損の発症率は10000出生で54と高いが、2000年のそれほどは高くない。バスラでもDiwaniahでも、奇形のカテゴリーについては定義されていない。Diwaniahのデータがバスラのそれと比較してより適切かどうかは不明である。
 少し微細に入り、男性を介する奇形原性として複雑さを加えるのが、ABDCの湾岸戦争参加男性兵士から出生したGoldenhar症候群児に関する調査である。(繰り返すが、湾岸戦争参加兵のうち、劣化ウランにさらされたのはごく少数である)。1997年の30000人を越える兵士を対象に行ったコホート研究では、稀な疾患であることが災いして、参加兵の相対危険度が3倍だったにもかかわらず有意差が出なかった。これは他の一致した発見に比べ、やや情報力に劣る。Goldenhar症候群の一症状である腎臓無形成・低形成が、湾岸戦争前後で兵士から生まれた出生児を対象とした他の研究でも上昇を認めたことは、価値がある。
 先天性水頭症の病因は多岐にわたるが、神経管の形成不全も含まれている。Goldenhar症候群の症状の一つに含まれる水頭症は、この1つである。市民活動家はニューメキシコの劣化ウラン射爆場の風下にあるソコロで水頭症の発生が上昇していることを突き止めた。1999年には劣化ウランエアロゾルにさらされたバスラの新生児で水頭症が増加しているという報告が出された。バスラでの研究での混乱する側面−1990-1998年に10万出生中水頭症発症率がゼロということと、1999-2000年の水頭症発症率が国際基準よりも異常に高いということ−は、注記される必要がある。前に記述したとおり、バスラチームのメンバーが個人的に会話したところでは、バスラでの水頭症の頻度は1991年から増加しているとのことである。
 多発先天奇形は、バスラでの1999-2000年における統計で10000出生中42例というデータが出ている。多発先天奇形(それ以上の定義付けはこの論文ではされていないが)の相対危険度は、1990年を1とすると、1991-94年が1.131995-98年が1.91999-2000年が7.35である。様々な理由で、これら観測された奇形の一群について、より多くの教訓が得られると思われる。たとえば、このカテゴリーの中には1990-98年の先天性水頭症児が不幸にも紛れ込んでしまっているであろう。
 バスラの研究では、先天性心疾患の相対危険度は、1990年を1とすると1991-94年が2.595-98年が5.899-2000年が8.3であった。1999-2000年の発症頻度は10000出生中14である。ところが、西欧諸国のデータに当てはめてみると、1999-2000年の頻度でもバスラのものは低い値である。先天性心疾患は生後しばらく経って診断される例が少なくないが、アメリカでの出生直後のデータでも10000出生中35例が心血管奇形と診断されているのである。心奇形は幅広い疾患であるが、バスラの研究ではそれら細かいタイプについて言及していないのが惜しまれる。バスラの「先天性心疾患」と、アメリカでの「新血管奇形」と、対象疾患を同じにした場合のデータに関しては不明である。
 バスラの心疾患について詳細を見てみるには、クウェートでの1986-89年と1992-2000年を比較した研究や、アメリカでの湾岸戦争参加兵を調査した研究を参考にするのが良いだろう。クウェートの研究において、湾岸戦争後、先天性心疾患の発症率は西欧諸国のそれよりも高くなっているおり、戦前と比べた相対危険度は2.5で、17のサブカテゴリーのうち13で頻度が統計的有意差をもって上昇していた。アメリカ男性兵士の研究では、14のうち2つのタイプで上昇が見られた。また、Goldenhar症候群の一症状として先天性心疾患が見られることも特筆すべきであろう。
 バスラの研究では、口唇口蓋裂の大きな上昇が見られた。1990年には12000強の調査対象から1例だったのに対し、1999-2000年には26000人強から21例が発症している。しかし、両者とも西欧諸国と比較すれば発症率が低い。
 口唇口蓋裂や先天性心疾患と異なり、アザラシ肢症は特異的で稀な奇形である。バスラの研究では、1990年に発症がゼロだったのが、1991-94年には4年で5例となり、1999-2000年には2年で32例を発症した。このような、劣化ウラン弾が使用された他の場所でのアザラシ肢症について行われた研究が、原因の推測に寄与する。他の戦略は、アザラシ肢症の小児を生んだ女性の居住地域と劣化ウラン汚染域とが近接していないかどうか調査することである。以前、世界的にアザラシ肢症の頻度が上昇したときは、サリドマイドによる奇形であった。
 最も衝撃的なのは、奇形発生率や発生数が時間と共に上昇し続けていることで、2001年の総発生数も同じパターンである。この奇形発症の上昇率は、原因に関連する 暴露と原因のない関連との区別に寄与する。最も時間の限られた暴露対象者の効果は、時間の経過と共に消える。劣化ウランでは、原因となる経路を洗練することで、急激に進行する内在障害または慢性化、暴露の悪化を説明するメカニズムを知ることができる。バスラの研究で、2001年におけるデータが発表されれば、以降のトレンドを判断する上でさらなる情報となるだろう。
 以上考察してきた奇形は、神経堤の異常によるものと思われるが、それは結論を出すには早いと同時に、一般的な生理学上のプロセスに由来する奇形という可能性についての結論が描こうとする専門的報告の範囲ではない。しかし、以下の事に関してはより注意深い研究が必要である。もし生物学が単一のメカニズムの可能性について示唆するなら、第一候補として劣化ウランが原因である可能性が示唆される。先天奇形の組織学的比較による学問分野横断的な研究は、管理された環境下で動物実験により行われており、疫学的研究で見られた結果も正当である。
 バスラ研究で1998年に見られた結果に対する考察として、劣化ウラン弾暴露から4年経った1995年から奇形発症率が増加したという記述がある。2000年のデータとともに解析してみると、様々な奇形の発生率増加と全ての増加の数年の発生ラグを区別するのは難しい。これら発生した奇形の独特な時間パターンをそれぞれ詳細に述べることは、劣化ウランや他の可能性のある仮定の催奇形性における役割を分離する努力に寄与できるし、催奇形性を誘発するメカニズムを解明する努力にも寄与できる。バスラでタイムラグをおいて増加していったパターンは、セラミック劣化ウランの溶解および移動の半減期が最低4年であるという研究結果と一致する。
 もし劣化ウランが潜在的に持つ催奇形性が表れるのに何年もの時間がかかるならば、湾岸戦争終結後早期に行われたアメリカ軍兵士に対する研究は、信用できないものとなる。2003年に発表された研究では、1993年に誕生した新生児しか対象としていない。バスラでの研究が優れているのは、その長期継続性である。
 アメリカ軍兵士のコホート研究の結果は、バスラで上昇した奇形(神経管欠損−無脳症、脊髄髄膜瘤、口唇口蓋裂、多発奇形、無肢症)とは一致しないが、それはおそらく研究デザインが一致しないからであろう。この研究に、兵士が劣化ウランに暴露した地域で行動したかどうかという項目を加えることで、より正確な結果が得られると思われる。湾岸戦争に参加した女性兵士から生まれた新生児に尿道下裂や尿道上裂が多かったことは、いまのところ完全には確証できない発見だが、分析を鮮明にし、拡大する上で重要であろう。
 劣化ウランと他の疑わしい催奇形物質を分離して研究することは、非常に深刻で複雑な問題である。この挑戦への反応は、研究室での研究や、一般での研究の共有領域で成り立っている。その接着剤となっているものは、疫学的推論の原則の適応である。実験や動物での研究がすみやかに進行しており、体内に入った劣化ウランのエアロゾルが変異原性・奇形原性を発揮するしくみが判明しつつある。とくに動物実験でこれらの詳細が判明するであろう。
 1994年のアメリカでの報告では、湾岸戦争時、環境中に劣化ウランを含め21種類の催奇形性物質が存在したという。アメリカ兵士から多数の奇形児が生まれたこと、またイラクの兵士や市民からも生まれたことは、これら21の毒物のどれかがアメリカ兵士から生まれた奇形の発生の上昇に関与していたという可能性を減らす。たとえば、イラク人はアメリカ軍兵士が戦争中に投与された対生物兵器用薬剤・ワクチンを投与されていない。ゆえに、劣化ウランに暴露されたアメリカ人とイラク人とで同じような奇形が発生していたとしたら、それはこれら薬剤やワクチンのせいとは考えにくいのである。
 この立場から、ソコロでの症例研究は重要である。国際的な標準からすると、1999-2000年のバスラにおける水頭症発症率は非常に高くなった。もし劣化ウランがイラク住民やソコロ住民のリスクのある暴露物質として単独のものであるか、もしくは小さなグループの1つであるならば、劣化ウランが水頭症の発症率を上昇させるという可能性が出てくる。
 より一般的に言えば、劣化ウランの役割を他の奇形原性物質から分離した直接の対象とする真面目な努力が必要である。劣化ウランを積んでいる航空機事故に伴うリスクについて、論理物理学に基づくモデルが1992年の事故をモデルとして開発された。その論理的研究は暴露人口の健康状態については何もアセスメントしていないが、著者らは燃えてエアロゾル化した劣化ウランが健康被害を起こすことはなさそうだと結論づけている。このような純粋な論理的アプローチは不十分で、とくに事故後の地域での奇形増加の認識に関してはそうである。さらに、計画された分析により発見された、予期しない状況における関連性は高い情報力を持つ。反対に、小さな、予期しない状況で観測された関連性の欠落は、情報力が弱い。
 ソコロに加え、アメリカには劣化ウラン弾を開発したり、生産したり、射撃訓練を行ったりしている場所が50箇所ほど存在する。その影響を受けていると見られる住民が何人いるのか?他の国ではどうなのか?劣化ウランの生体マーカーの検査をその周辺で行うことは可能なのか?
 イラク人にとって湾岸戦争は、貧困、栄養失調、健康インフラの破壊など、催奇形性の可能性がある様々な新たな暴露と環境の序章であった。しかしこのような環境で起こる先天奇形は、上記論文で指摘されているような発生パターンをとらない。もしも1999-2000年のイラク北部(劣化ウランによる爆撃を受けていない)におけるデータと比較することができるなら、一助になるはずである。
 インドのケララにおけるコホート研究は、住民の間の先天奇形の発生の違いを探知する研究としてとくに適切な例である。これは70万人の住民を通常の被曝線量(年間85-110ミリレントゲン)と高い被曝線量(年間563-735ミリレントゲン。土壌中のトリウムモナザイトによる)に分けて調査したところ、高被曝線量群で先天奇形の発症率が著明に上昇していたというものである。放射能に加え、血族および配偶者の生まれた場所の近さが別のリスクファクターとして浮かび上がってきた。本研究は、劣化ウランエアロゾルの汚染の有無による先天奇形発生の違いを研究する上で1つのモデルとなろう。理想を言えば、比較される地域は、住んでいる人の職業や宗教、文化、経済的豊かさなどが互いに同じであることが望ましく、ケララのコホート研究ではこれがほぼ達成されている。
 劣化ウラン(およびその他の戦争関連化学物質)に暴露されたが、戦後の制裁措置にはみまわれていないクウェートにおいて、心奇形総数とそのサブカテゴリー奇形が増加していることが判明した。イラクや他の劣化ウラン暴露地域で増加しているような奇形に関するデータがあれば、より高い意義を持つであろう。
 ヒトに対する劣化ウランの催奇形性を調査するための他のリソースは、まだまだ乏しい。靴の裏をすり減らして得られた疫学的データでソコロの症例研究が生まれ、科学者と活動家が相互関係を持つ機会の構築は他の疑わしい奇形の一群を明らかにしたであろう。アメリカの劣化ウラン弾射爆場の周辺で組織された市民活動グループが存在する。活動家達は科学者の研究に知らせるべき実地情報に気付いているだろうか?
 国際的状況に対する草の根活動より:放射線暴露の潜在的な健康に対する影響については国連でも長年争われており、国連の立場を代表する決議が必要である。1959年、IAEAWHOは、IAEAを放射線と健康に関する研究を行う機関と位置づけるWHA12.40合意に署名しており、国連が劣化ウラン研究に乗り出す際にもこれが影響している。
 劣化ウラン暴露と特定の先天奇形との関係を説明できるような慎重な疫学的研究が真剣に求められている。個々の先天奇形の有病率をモニターするための高い質を持ち、正しい根拠に基づいた戸籍登録が、劣化ウランで汚染された国や、劣化ウラン弾が使用された戦争を戦った兵士達の母国や、劣化ウラン弾を作っている国で作られなければならない。同様に、劣化ウラン(及び他の催奇形性が疑われる物質)にさらされた父親の体内でのこれら物質の濃度を測定する生体測定法と組み合わせた疫学的な研究が決定的に必要である。
 この論文は先天奇形に独占的に焦点を当てているが、非常に早期の流産が放射線被曝によるもう一つの出産エンドポイントとする他の論文もある。これは放射線の被曝量に応じた効果を暗示する。チェルノブイリ原発事故から7-9ヶ月後にヨーロッパ諸国で観測された出生数の低下は、この事故−横たわる奇形の衝撃を不明瞭にする−により誘発された流産の増加に関係すると推測される。バスラでの報告で、湾岸戦争から7-9ヶ月にわたり出生数が低下したことがわかる。しかしこれがダメージを受けた胎児の流産の増加によるものか、戦争や他の要因からくるより一般的な変化による妊娠の減少によるものかは情報がないのでわからない。
 リスク因子と結果との関連を示すデータの疫学的アセスメントとして、広く分けると3つのカテゴリーがある。正または負の関連が存在する、関連を欠く、結論を出すには推論が不十分、である。データは完璧には決してならない、それ故、疫学・公衆衛生アナリストはデータが不完全すぎて推察できないか、科学的なアセスメントがリスクの寄与を許すところかを区別する。劣化ウランエアロゾルに父親が暴露した事による胎児への影響の有無については、不完全な証拠ながらも、リスクを持つことが強く疑われる。これからの研究により、劣化ウラン兵器を製作したり、使用したりすべきでないということが判明するであろう。」

最後まで一気に来てしまいましたが、紹介した論文に対する意見と、今後の展開を述べています。中東と西欧の先天性異常発症率を同じと見なしていいのかとか、研究デザインの異なる論文を単純に組み合わせることができるのかとか、疑問はいくつかありますが、まずはこれまでの反省点をふまえたさらなる研究に期待、といったところです。湾岸戦争から16年、イラク戦争から6年。そろそろ万人が納得する疫学研究が出てきてもいい頃ですが。(2006年6月24日)




   
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