劣化ウラン弾の話 その12

ここ2年くらいの論文から、Depleted UraniumでMEDLINE検索してヒットしたものをピックアップしてお届けします。今回は劣化ウラン一般を対象とした論文で、要旨のみ。

WHOでは劣化ウランによる健康被害を調査して一定の結論を得たのですが、その過程に関して適切でないという異論も出ているようです。

WHO suppressed evidence on effects of depleted uranium, expert says
WHOは劣化ウランの影響に関する証拠を伏せている、と専門家は述べた

Owen Dyer

BMJ 2006;333:990 (11 November)

劣化ウラン弾による健康リスクに関するWHOの報告に対し、報告を製作したチームのメンバーにより疑問が呈された。放射線専門家としてWHOに勤務しているケイス・ベイバーストック氏は、発ガン性の影響を示した報告が故意に抑制されていると主張した。
ベイバーストック博士は、体内の劣化ウラン粒子からの遺伝子毒性の証拠を見つけるため、アメリカ国防省の軍放射線研究所の報告を提出しようと試みた。

しかし、2001年に作られた報告である「劣化ウランの健康への影響」を監督したWHOの科学者であるマイク・リパコリ氏は、最終報告にその研究のいかなる言及をも組み入れることを拒絶した。
この夏にWHOを引退したリパコリ氏は、コメントを出していない。しかし、彼は11月1日にBBCラジオに出演し、この研究を除外したのは他の情報源との間で確証となる事実に欠けるためだと発言した。
彼は学術論文に「作り話のがらくた」を含むことを望まないと述べ、子供達が汚染地域に居続けることは明確だが、劣化ウラン弾は健康リスクに関して知られていることは少ないと主張した。

ベイバーストック博士は、遺伝子毒性の発見が2001年の8つの他の論文ですでに支持されており、現在では20の論文が出されていると発言している。しかしリパコリ博士は今日も「これらの論文は今のところ推測に過ぎない」と語っている。
ベイバーストック博士は後に国際放射線生物学会雑誌でこれらの発見を議論した論文を共著しようとしたが、
WHO契約書の文言のため、続行することを妨げられた。彼は「メンバーが影響を受ける可能性を除外することが難しいとわかった」と述べた。
彼はWHO顧問として彼の契約の再延長を交渉したため、この時点では沈黙を守ると発言した。国防省の研究は、結局2003年のニューサイエンティスト誌に報告された。
イギリス及びアメリカ軍は、劣化ウラン弾320トンを湾岸戦争で使用し、2003年のイラク侵攻で2000トン以内を使用したとみられる。劣化ウランは密度が高いため、徹甲弾として使用される。
イラク南部からの報告では、1990年代からとくに小児でガンの発生率が上昇している。
バスラのガン治療センターの報告では、広島のウラン兵器に対する国際連携の年次会議で、ガン登録は1988年に10万人中11名だったのが1998年には75名に、2001年には116名になったという。


最後のガン増加が劣化ウランと関連しているのかはともかくとして、このような異論も出ていることから、劣化ウランによる健康被害の有無に関する調査研究の継続が必要であると思われます。後から判明する新事実も多いでしょうし。


さて、劣化ウラン弾の一部は粒子となって空中に巻き上がりますが、大半は土壌中に存在します。それが腐食して地下水中に紛れ込むのが劣化ウランの摂取経路のひとつであり、それに関する論文が出されていました。

Long-term corrosion and leaching of depleted uranium (DU) in soil.
土壌中の劣化ウランの長期における腐食および浸出
Radiat Environ Biophys. 2007 Jun 5
Schimmack W, Gerstmann U, Schultz W, Geipel G.
GSF-National Research Center for Environment and Health, Institute of Radiation Protection

「劣化ウラン弾6発(145-264gの劣化ウランを含む)を3.3kgの乾燥した土の入ったカラムに埋め、劣化ウランの腐食および浸出を3年間にわたり調査した。カラムは空調の効いた研究室内に置き、毎週洗浄して廃液中のウラン238をプラズマ質量分析器で測定した。また、これが劣化ウラン由来であることを確認するため、時々ウラン235も測定した。
平均して、3年間で劣化ウラン弾重量のうち7.9%が腐食しており、腐食量は年々増加した。浸出率は腐食率よりも高い増加率を示しており、初年度に0.03mgだったものが最終的に13mgとなった。レーザー誘発蛍光スペクトロスコピーで分析したところ、腐食ウランはリン酸化合物であったのに対し、廃液中のウランは水酸化物または炭酸塩であった。
浸出率に関しては時間的な変動が大きく、浸出量を推定することは困難である。しかし、ウラン238が浸出していることは間違いなく、劣化ウラン弾が使用された土地でのウラン238による地下水汚染に関し、さらなる研究が必要である。」

時間経過と共にウランの浸出や腐食が増加しているという結論になっています。とすると、過去に測定した土壌・地下水中のウラン濃度データをそれ以降もそのまま当てはめ続けて安全を主張するというのは危うく、これからも劣化ウラン弾使用地域での定期的な監視が必要になってくると思われます。


Concentration and characteristics of depleted uranium in biological and water samples collected in Bosnia and Herzegovina.
ボスニア・ヘルツェゴビナで収集した生物学的および水サンプル内の劣化ウラン濃度およびその性質
J Environ Radioact. 2006;89(2):172-87. Epub 2006 Jun 27.
Jia G, Belli M, Sansone U, Rosamilia S, Gaudino S.
Agency for Environmental Protection and for Technical Services, Via V. Brancati 48, 00144 Roma, Italy

「1994-95年のバルカン紛争で劣化ウラン弾が使用されており、粉塵などによる環境汚染からくる健康被害が懸念されている。ボスニア・ヘルツェゴビナにおける劣化ウランの影響評価を目的とし、2002年10月12-24日に生物学的サンプルおよび水サンプルを採取し、放射能を測定した。地衣類、苔、樹皮などからは、1kgあたり0.27-35.7ベクレルのウラン238、0.24-16.8ベクレルのウラン234、0.02-1.11ベクレルのウラン235が検出され、対照地域から収集したものよりも高い値を示したほか、いくつかのサンプルからはウラン236も検出された。ウラン238とウラン234の比は、劣化ウランの値を示していた。これらサンプル中の劣化ウランは、空中の飛散物に由来すると考えられる。水1リットルからは0.27-16.2ミリベクレルのウラン238、0.41-15.6ミリベクレルのウラン234、0.012-0.695ミリベクレルのウラン235が検出され、2つのサンプルで劣化ウランの存在が示された。この水中ウラン濃度は、イタリア中央部で採取したミネラルウォーターや、WHOが公衆衛生ガイドラインで示した飲料水の基準を下回るものだった。放射能毒性学の観点から、水や植物に危険なレベルの劣化ウラン由来放射能が含まれているという結論は導き出せなかった。」

2002年のボスニア・ヘルツェゴビナにおける植物及び水中ウランを測定した論文。植物の方からは対照より高い値のウランが検出されたということですが、人体に影響を与えるほど大量に含まれていたわけではなさそう。今のところ危険は無いようですが、前の論文のこともあり、こういった調査研究をしばらくは継続していく必要がありそうです。


From dust to dose: Effects of forest disturbance on increased inhalation exposure.
塵から線量まで:吸入暴露増加の森林災害の影響
Sci Total Environ. 2006 Sep 15;368(2-3):519-30. Epub 2006 Apr 17.
Whicker JJ, Pinder JE, Breshears DD, Eberhart CF.
Los Alamos National Laboratory, Health Physics Measurements Group

「エコシステムの荒廃が土壌浸食増大の主要原因となっており、危険な物質による土壌汚染促進の原因ともなっている。汚染荒廃した土地での風による浸食の加速は、吸入による有害物質曝露という面で特別な関心を集めているが、それらの相関を測定する方法は確立していない。2000年5月、ロスアラモス国際研究所(LANL)の天然・劣化ウラン汚染区域で森林火災が発生し、この問題が注目されるようになった。また、火災後の森林のやせがLANLの25%で観察されている。
本研究の最初の終着点は、この森林火災および森林のやせにより、風によるウランに汚染された土壌の飛散がどれくらい増加したかを測定することである。そのため、大気中ウラン濃度、風速、気節による植物被覆を調査し、関連を分析した。
その結果、火災後にLANL周辺の大気中ウラン濃度が平均14%上昇していることが判明した。また、風速が最も速く、雪が降らず、植物被覆も低くなる4-6月に大気中ウラン濃度が最も高くなることが分かった。
2つめの終着点は、この土壌飛散増加により一般人および労働者にどのような影響が出るかを調べることである。森林を重大な焼失を受けたもの、中程度の焼失を受けたもの、やせたもの、影響を受けなかったものに分類し、それぞれから風が運んでくる塵の流量を測定し、各地域の水平塵流量(HDF)を割り出した。
HDF、吸入可能な塵の測定データ、各地域の土壌ウラン濃度から計算した結果、労働者の吸入量は15-38%増加することが判明した。増加する被曝線量は、一般人で1年当たり1マイクロシーベルト未満、LANL労働者で1年当たり140マイクロシーベルトと、許容量のはるかに下であった。
以上から、環境破壊が土壌汚染物質の拡散を引き起こし、有害物質への曝露の可能性を増加させることが判明した。汚染土壌の長期管理に関して妥当な戦略を決定するため、環境破壊によって有害物質曝露がどの程度増加するかを研究することが必要と考えられた。」

環境変化による劣化ウラン飛散量の変化に関する論文です。劣化ウランは密度が高いため、風による飛散が起こりにくいという文献もみられるのですが、この論文を見るとそうとも言い切れないようで、特に砂漠の広がる湾岸地域での劣化ウラン粉塵は、風による影響を考慮する必要がありそう。ただ大気中の劣化ウラン濃度に関するデータは、戦争後何年も経ってからのものが多く、すでに粉塵の大部分が雨などで流されているため、人体に有意な影響が出るほどのものは観測されていません。戦争中や停終戦直後にデータが取れればいいのですが、治安などの関係上、そうもいかないのが苦しいところ。


ウランを使用した実験というのは、放射能を取り扱う関係上、行える施設が限られます。そもそも劣化ウランや天然ウランを手に入れるというのが困難です。よって、他の簡便な金属で代替して悪影響を考えても良いのでは、というのが次の論文。

The evolution of depleted uranium as an environmental risk factor: lessons from other metals.
環境危険因子としての劣化ウランの評価:他の金属からの教訓
Int J Environ Res Public Health. 2006 Jun;3(2):129-35.
Briner WE.
Department of Psychology, University of Nebraska at Kearney

「劣化ウランは、民生用にも軍用にも使用されている。民生用の使用は、船や飛行機のバラストおよびカウンターウェイトに限られており、環境への放出リスクも限定される。劣化ウランの軍による使用により、劣化ウランが環境中へと放出される。劣化ウランの軍による環境への放出は、化学的に不変な大きい弾片や、酸化物粉塵がある。劣化ウラン粉塵は不溶性に近く、吸入可能で、土壌中での動きは少ない。劣化ウランへの曝露は、粉塵の吸入および手から口への活動により生じる。劣化ウランの毒性は、化学的なものが大部分を占め、放射能によるものはより小さな問題であると考えられている。劣化ウランは動物実験でさまざまな行動学的・神経学的影響をもつことが示されている。劣化ウランはバルカン半島、アフガニスタン、両イラク戦争で使用され、将来の紛争でも使用される可能性が高い。また、劣化ウラン兵器を開発している国も多く、いくつかの国では劣化ウランを現在使用されているそれよりもより放射能リスクの高い方法で使うことを検討している。劣化ウランの毒性は、大部分が兵士の健康調査という形で調べられている。しかし、劣化ウランの大部分は、戦域だった場所に放置されたままであり、住民は劣化ウランにさらされ続ける。これら住民に対する劣化ウランの影響に関心をあてた疫学的データは少ない。劣化ウランがこういった住民にどんな効果を与えるかは、他の類似した金属のデータを調べることでシミュレートできる可能性がある。劣化ウランと鉛は、曝露経路、化学特性、代謝経路、標的臓器、実験動物に与える影響といった面で類似している。劣化ウランによる悪影響を調査する上で、鉛を使用したモデルを調査して参考とすることが求められる。」

ここでは鉛を劣化ウランの代替として使用することを提案しています。劣化ウランの放射線による毒性が化学毒性に比べて小さいことから、化学毒性のみに注目し、同様の動態を示す重金属として鉛を挙げたものと思われます。ただ説得力という面で劣るため、鉛でこういう毒性があるから劣化ウランでも同じ毒性が出るはずだ、という使い方よりは、この毒性は劣化ウランでは出たけれども鉛では出ないので、これは放射能に由来する毒性ではないか、といった使い方をすることが考えられます。



「DOSE EFFECT FOR SOUTH SERBIANS DUE TO 238U IN NATURAL DRINKING WATER.
飲料水中のウラン238による南セルビア住人の線量影響

Radiat Prot Dosimetry. 2007 Jun 13
Sahoo SK, et, al.
Department of Radiation Dosimetry, National Institute of Radiological Sciences

1999年のコソボ紛争において南セルビアで使用された劣化ウランは、大衆の関心をバルカン半島に大いに引き寄せた。20ヵ所の井戸および湖から水のサンプルを摂取し、ウラン238の放射線量を南セルビア住人の内部被曝の観点から調査した。ウラン238の濃度測定にはICP-MSを使用し、ウラン234/ウラン238およびウラン235/ウラン238の比の測定には熱イオン化質量分析器を使用した。ウラン濃度は1リットルあたり1.37から63.18ミリベクレルで、ウラン234はウラン238の天然放射線量崩壊系列に属しており、長年の平衡において、多数の比率、ウラン234/ウラン238、それらの半減期比率に一致する。ウラン234/ウラン238活性比率は0.88-2.2で、ウラン235/ウラン238同位体比は0.00698-0.00745であった。これらは、水中のウランが天然由来と人工由来の混合であることを示している。ウラン238に由来する年間実効線量は、0.000092から0.0021ミリシーベルトと見積もられた。」



南セルビア地域における水中ウラン濃度およびウラン同位体比を調べた研究。ウラン濃度から計算した被曝線量は年間最大0.0021ミリシーベルトで、ICRPの一般人被曝許容量の1ミリシーベルトを大きく下回るものです。ウラン同位体比は天然由来および人工由来が混じっていたとのことで、地中に埋もれた劣化ウラン弾から劣化ウランが少しずつ溶け出しているのかもしれません。



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