劣化ウラン弾の話 その2

さて、今回は実験室レベルの話です。

最初に読んでみたのはMolecular Cell Biochemistry誌の2004年1月号、通算255巻1-2号、247-56ページに掲載されているEffect of the militarily-relevant heavy metals, depleted uranium and hezvy metal tungsten-alloy on gene expression in human liver carcinoma cells(Hep G2).という論文です。著者はアメリカのベセスダにあるArmed Forces Radiobiology Resarch Instituteに所属するMiller AC氏ら4名。ヒトの肝癌細胞系培養細胞であるHepG2を用いて、軍で使用される代表的な重金属である劣化ウランとタングステン合金の、遺伝子発現に関する影響を調べたものです。要旨のみです。内容は以下の通り。

天然ウランよりもウラン235とウラン234の含有量の低い劣化ウランと、91-93%のタングステン・3-5%のニッケル・2-4%のコバルトからなるタングステン合金は、軍用弾薬として利用されており、これらは使用後に人体に取り込まれる可能性があるため、遺伝子毒性の有無について研究を行った。二酸化(劣化)ウランおよびタングステン・ニッケル・コバルト合金を5-50μg/mlの濃度でHepG2細胞に加えたところ、前者ではhMTUA、FOS、p53RE、Gadd153、Gadd45、NFκBRE、CRE、HSP70、RARE、GRP78といった遺伝子プロモーター、後者はGSTYA、hMTUA、p53RE、FOS、NFκBRE、HSP70、CREといった遺伝子プロモーターを濃度依存的に活性化した。これらのプロモーターの活性化によって、細胞に悪影響が出現する可能性がある。

後半の話はよく分からないと思いますが、遺伝子プロモーターというのはDNA上にある特定の配列で、ここに特異的なタンパク質が結合することにより特定の遺伝子を活性化します。劣化ウランやタングステン合金を加えると、普段よりもよけいにプロモーターが活性化されてしまいます。活性化されるプロモーターには細胞増殖に関係するものが含まれており、これによって細胞の異常増殖が起こって発ガンにつながる可能性がある、ということです。
注目すべきは、タングステン合金でも遺伝子の発現に影響があるという点です。

次は、Protepmics誌の2005年第5号、297-306ページに掲載されているTranscriptomic and proteomic responses of human renal HEK293 cells to uranium toxicityという論文です。著者は、フランスの研究機関に所属するOdette Prat氏ら7名。ウランにより、ヒトの腎臓由来の培養細胞であるHEK293にどのような影響が出現するかを調べた論文です。これは全文手に入ったので、詳しく見てみましょう。

まずは序章から。
「天然ウラン鉱山で働く労働者は、作業中にウラン粉末を吸引する恐れがあります。天然ウランは、99.2745%のウラン238、0.72%のウラン235、0.0055%のウラン234から構成されます。核燃料ではウラン235の濃度を3%程度に引き上げる必要がありますが、その課程で出る不要物が劣化ウランであり、ウラン235の含有量は天然ウランよりも低く、兵器として使用されます。ウランの半減期はきわめて長く(238で44億7000万年、235で7億400万年、234で24.5万年)、放射線障害を引き起こしにくいとされます。化学毒性に関しては、腎毒性を引き起こすことが1940年代から判明しています。吸入や、傷口からの混入などにより体内に入ったウランは、80%が腎臓から速やかに排泄されますが、20%が腎臓や骨に残留します。腎毒性は、主に近位尿細管に対して表れ、尿中ウラン濃度に比例して障害が強くなります。しかし、そのメカニズムに関しては不明な面が多いので、ヒト由来の腎細胞であるHEK293を使って調べることにしました。」
ということです。
続いて実験方法。細胞の培地に0.1ミリモル/リットル(A)、0.25ミリモル/リットル(B)、0.5ミリモル/リットル(C)と3段階のウラン溶液を加え、15分、30分、1時間、2時間、4時間、24時間暴露して変化を見ています。しかしながらこの濃度、かなり濃いと思うのですがどうでしょうか。医薬品の実験などではマイクロモル/リットルのレベルで添加すること多いのですが。尿細管内で濃縮されたと仮定したのかもしれません。
さて、結果です。Cの濃度では、84個の遺伝子が過剰発現し、124個の遺伝子が抑制されました。Bではそれぞれ40個と5個。Aではそれぞれ62個と12個でした。これらのなかで細胞に悪さをしそうなのは、カルシウム伝達系に関与する遺伝子、カリウムなどの輸送にかかわる遺伝子、核へのタンパク輸送にかかわる遺伝子、細胞周期や細胞増殖に関わる遺伝子などです。時間経過で見てみると、Bの濃度では、いったん遺伝子に変化が起きても24時間後には回復していましたが、Cの濃度では回復しませんでした。タンパクレベルでも変化を調べており、5つのタンパクがウラン暴露により抑制されたとしています。うち4つのタンパクは、発現がなくなりました。
これらの結果から、著者らは、カルシウム伝達系の不全や細胞内外の物質輸送がうまくいかなくなって細胞が死ぬために腎障害が起こり、また細胞周期・細胞増殖に関わる遺伝子の異常により細胞のガン化が起こる可能性があるとしています。以前の報告では骨芽細胞にウラン溶液を加えたところ、ガン化したというものがあり、この原因がこれらの遺伝子変異であるかもしれないとのことでした。

高い濃度のウランはやはり細胞にとって危険なようです。この論文では、放射線の影響については全く言及されていません。加えたウランは、劣化なのか天然なのか不明です。ただウランの化学毒性をみているので、わざわざ区別する必要もないとは思います。
ちなみに、ウラン0.1ミリモル/リットル溶液は、25.8μg/ml溶液と同じです。

最後に、Toxicology誌の2002年9月30日号、通算179巻1-2号、105-114ページに掲載されたDepleted uranium-uranyl chloride induces apoptosis in mouse J774 macrophagesという論文をみてみましょう。著者は、アメリカのベセスダにあるApplied Cellular Radiobiology Department, Armed Forces Radiobiology Research Instituteに所属するJohn F. Kalinichら4名です。劣化ウランをマウスのJ774というマクロファージ(白血球のひとつ)系培養細胞に加えると、細胞がアポトーシス(自死)を起こした、というものです。これも全文が手に入ったので、詳しく見てみましょう。

まず、実験の目的です。「劣化ウランは、密度が鉛の1.7倍と非常に大きいため、徹甲弾弾芯をはじめ、航空機のバラストや放射線の遮蔽用素材として広く利用されており、その組成はウラン238が99.8%、ウラン235が0.2%、ウラン234が0.001%となっています。放射能としての活性は天然ウランの約半分と低いので、放射線毒性はほぼ無視でき、化学毒性が問題とされています。マクロファージは体中の組織におり、傷や炎症を生じた部位に真っ先に駆けつけて異物を食べ、処理します。よって、劣化ウランにさらされた場合もマクロファージがその毒性を受けることが十分に考えられるので、マウスのマクロファージ由来の培養細胞であるJ774を使って影響を調べました。」
ということです。
次に、方法です。培養細胞に劣化ウラン塩化物を1・10・100マイクロモル/リットルの濃度で加えて変化を見ています。100マイクロモル/リットルは0.1ミリモル/リットルに等しいので、さきの論文よりも低い濃度で実験を行っています。
結果です。劣化ウランを100マイクロモル/リットルの濃度で加えたところ、J774細胞はウランを食べて細胞内にため込みました。その量は、24時間後には1細胞あたり0.3ngに達しました。1・10マイクロモル/リットルの濃度での結果は示されていないので、不明です。ではウランを食べたマクロファージはどうなるかというと、1・10マイクロモル/リットルの濃度では24時間以内に変化を示しませんでしたが、100マイクロモル/リットルの濃度では24時間で7%くらいの細胞が死ぬか、活動性がかなり悪化するかしました。細胞の代謝活性をくわしく調べたところ、1マイクロモル/リットルの濃度では24時間後に10%、10マイクロモル/リットルの濃度では15%、100マイクロモル/リットルの濃度では30%で代謝活性が低下することが分かり、細胞内に取り込んだウランの量が多いほど代謝活性の低下する細胞の割合が高いことも分かりました。また、ウラン濃度が高いほど、72時間後にDNAがバラバラになっている細胞(アポトーシス・自死を起こしている細胞)が多くなっていました。
以上の結果から、高濃度の劣化ウランにマクロファージがさらされると死んでしまう細胞が出てくるし、低い濃度でも活動性が悪くなってしまう細胞が1-2割くらい出現することが分かりました。しかしこの結果が実際の生体でどのような影響を及ぼすかは、この実験からは何ともいえず、これから調べていく必要があると述べています。

より低濃度のウランでも細胞に対する悪影響が指摘されました。ただしかなりのマクロファージは影響が見られないので、この実験から直ちに生体でも影響があるとは言い切れないでしょう。

以上、実験室レベルでの論文を見てきました。マイクロモル/リットル・レベルのウランに暴露されると、一部の細胞で活動性の低下が起こり、より高濃度では遺伝子に不可逆的な傷害が起きたり、死んでしまったりという影響が出ることが分かりました。劣化ウランから放出される放射線に関しては、どれも記述がありません。急性障害がでるほどの高いレベルの放射線が出ているとは考えられないからだと思います。
しかし、これらの結果は直ちにヒトで適用はできません。他の細胞や組織との関係なども考えなければならないので、血液中に同じ濃度のウラン溶液を流し込んだとしても同じ結果が得られるとは限らないのです。
そうはいっても、このような生体に有害な可能性の高い物質を人体に投与して実験することは許されません。よって、劣化ウランに暴露されたと考えられるヒトと、そうでないヒトを比較し、死亡率や疾病罹患率を比較するという方法で調査が行われています。次回はそのあたりをまとめた論文について読んでいきたいと思います。
              
                                                    (2005年3月27日)

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