いよいよ人間に対する影響です。さいしょに、まとめ的な論文を読んで予備知識を付けておきましょう。
まずはMil Med誌(恐らくMilitary Medicineの略)の2004年3月号、通算169巻3号、212-6ページに掲載されているChemical and radiological toxicity of depleted uranium.というReview(総説。それまでの論文などをまとめたもの)です。著者はSztajnkrycer MD氏とOtten EJ氏で、所属はアメリカ・ロチェスターのMayo Clinicです。これは要旨しか手に入りませんでした。それによると
劣化ウラン弾には天然ウランの約40%の放射能があり、培養細胞や齧歯類(ラット・マウスなど)を使用した実験では発ガン性が証明されているが、人間を対象にした疫学的な研究では健康に対する影響は証明されていない。重金属は尿中に排泄されるため、腎機能障害を起こす危険性があるが、尿中ウラン濃度が相当高くならないと障害が起きない。劣化ウランにさらされた地域でも環境の放射能汚染は観測されていない。現在も研究は続けられているが、今のところは劣化ウランが健康被害を引き起こすことを証明する報告はない。
とのことです。さんざん言われてきた健康被害ですが、思いっきり否定されています。
続いては、The British Journal of Radiologyの2001年号、通算74巻、677-683ページに掲載されているDepleted
uranium and radiation-induced lung cancer and leukaemiaというCommentaryです。著者はイギリスのR.F.Mould氏で、劣化ウランと放射線による肺ガン・白血病について述べています。全文が手に入ったので、読んでみます。
まずは天然ウランと劣化ウランについて記述しています。
「ウランは1940年代から核燃料などとして使用されており、半減期7億400万年のウラン235、44億7000万年のウラン238、24万5000年のウラン234から構成されています。天然ウランはウラン238が99.2745%、ウラン235が0.72%、ウラン234が0.0055%です。劣化ウランは99.8%がウラン238、0.2%がウラン235です。密度は19.05g/立方cmで、鉛(11.3g/立方cm)よりも重いです。
劣化ウランは1953年にコバルト線源のシールド材として使用されたという記述があり、その他DC-10やボーイング747のバラストにも使用されています。ここ20年は徹甲弾弾芯としても使用されるようになりました。金属ウランは空気と混合すると発火することが知られています。また、軍事的に使用された場合や飛行機事故の場合、火焔にさらされた場合などには酸化ウランを含む大量の塵となります。1992年にアムステルダムでB747が墜落したときには、バラストとして積んであった282kgの劣化ウランのうち、130kgしか回収できず、残りは塵になって救助隊員などが吸い込んだものと推定されています(このことを報告した論文の要旨が手に入っているので、あとで紹介する予定です)。
劣化ウランの毒性は、WHO(世界保健機関)などでも報告されていますが、主に化学毒性によるものと考えられています。動物実験およびヒトでの調査で、ウランの腎毒性が明らかとなっています。体重1kgあたり0.004から9マイクログラムのウランを摂取すると、腎臓に障害が生じるとされます。ウラン暴露を確認する方法として、尿中ウラン測定が使用されます。さらにそれが劣化ウランであるという証明をするには、ウラン235の割合が天然ウランよりも低いということを測定する必要があります。また、体内に残留したウランのうち66%が骨にあり、その半減期は300-5000日とされます。
化学毒性に比べると低いですが、放射線による毒性もあります。しかし被曝線量は非常に微量なため、有効な測定方法がありません。被曝による影響は体内被曝か体外被曝か、劣化ウラン弾を運んでいただけなのか撃ち込まれた近くにいたのか、酸化ウランとして吸入したのか金属ウラン粉末として吸入したのか、などによっても異なります。イギリス防衛協会の報告では、劣化ウラン弾が目標に撃ち込まれると、劣化ウラン粉塵を生じ、その46-70%が10ミクロン以下の大きさで、吸入されて肺に達するとのことです。また、2.5ミクロン以下の粒子は、肺胞末端にまで達する危険性があります。」
ついで、被曝による肺ガンの発生について述べています。
「ウラン鉱山で働く鉱夫に対する調査で、ウラン鉱山から出るラドンからの被曝(ウランでなく)により、肺ガンが引き起こされることが報告されています。1957年から1994年に亡くなり、死後に解剖を受けた28995人の鉱夫のうち、5974人に肺の腫瘍が見つかりました。また、ラドン被曝量に比例して肺ガン罹患率が増加することも報告されています。
ウランを取り扱っている労働者に対する調査で、ウランから200ミリシーベルトもしくは25センチグレイ以下の内部被曝をしても、肺ガンになる確率が増加することはないという報告がなされました。ただしこれより多い線量では不明です。」
白血病に関し、以下のように述べています。
「原爆で知られているとおり、放射線被曝は白血病の原因となります。日本での調査では、被曝後5年で発症率が明らかに上昇するということです。しかし日本で本格的な調査が始まったのは原爆投下後5年以上経ってからで、この潜伏期が正しいかどうかは不明です。
強直性脊椎炎では、放射線療法を行いますが、その副作用として白血病が起こることがあります。最新の論文では、照射後1-5年で白血病発症率が最も高く、1グレイの照射を浴びた場合、照射後1-25年の間に白血病に罹患する確率は一般人口の7倍に達するとのことです。」
さて、いよいよ劣化ウラン弾関連の話題に入ります。まずは湾岸戦争に参加した兵士について。
「湾岸戦争参加兵の肺ガン・白血病の報告は、逸話的なものが多く、きちんとした調査がなされているものは稀です。この2種の悪性腫瘍に関し、有意に発症率が上昇したという報告は今のところありません。アメリカで現在進行中の調査としては、湾岸戦争で友軍劣化ウラン弾の誤射をうけた兵士の調査が行われており、30人強を調べたところ15人の尿中ウラン排泄量が上昇していましたが、肺ガンや白血病を発症した兵士はいなかったとのことです。イギリスで53000人の湾岸戦争参加兵の死亡率を1999年3月31日まで調査した報告では、事故による死亡が非参加兵よりもやや多かったものの、病気による死亡率は変化がありませんでした。2000年9月30日まで延長した調査でも同様の結果でした。また、ガンの発症に関して部位別の比較もなされていますが、発症数が少ないので比較は困難です。ちなみに調査期間中の発ガン総数は湾岸戦争参加兵が66人、ほぼ同人数の非参加兵が72人でした。」
イラク人に関する研究も行われています。
「湾岸戦争前の1989-1990年と、戦後の1997-98年にモスル病院でガン患者の調査が行われています。調査人数は前者が200人、後者が894人。肺ガンの罹患者は男性で戦前が20.5%(25人)、戦後が25.7%(129人)、女性で戦前が2.6%(2人)、戦後が3.6%(14人)、白血病罹患者は男女合計で戦前が11%(22人)、戦後が10.6%(95人)でした。パーセンテージでは有意な変化がありません。」
1998年には1991-1997年における肺ガン・白血病の発症に関する軍の統計が出ています。
「しかしこれは対照群の決め方が不十分で、質的には信頼性に欠けます。」
化学物質の影響についても記述しています。
「燃料、爆薬、プラスチック、油田火災などで生じた芳香族炭化水素などの発ガン物質が影響した可能性があります。」
ただしこの段落に関しては、明らかな証拠となる文献を示してはいません。
最後に、バルカン半島での劣化ウランについて。
「1999年3-6月のコソボ紛争において、石油精製工場が攻撃を受けて環境汚染(水銀含有物質、ダイオキシンなど)が発生しました。その結果、付近の4つの都市においては健康被害の原因がこれによるものなのか、他の原因によるものなのか確定するのが困難となったとのことです。劣化ウラン弾は主にアメリカのA-10攻撃機から発射されたもので、巡航ミサイルなどに含まれていたかどうかは不明です。国連の調査団の報告(1999年)によると、使用量や使用箇所については不明とのことでした。しかし、2000年になり、A-10攻撃機から発射された劣化ウラン弾は31000発、劣化ウラン重量8401kgということがわかりました。しかし撃ち込まれた場所については依然不明のままです。」
この論文でも明らかな劣化ウランの健康被害は示されていません。
さて、次回はいよいよ湾岸戦争における劣化ウランの健康被害を調査した報告に入ろうと思いますが、その前にLANCETという雑誌の2001年5月12日号、1532ページに載っている2つのCorrespondenceです。同じ雑誌のVol357、244-246ページに載った劣化ウランの毒性についての論文をうけてのものです。
1つめはイギリスのWestlakes Research Instituteに所属しているSteve Jones氏らの報告。Eskmeals実弾射撃演習場のスタッフと周辺住民の被曝量を計算しています。
「ここには年に5.4kgの劣化ウランを含む実弾が撃ち込まれており、その20%が直径1ミクロン以下のエアロゾルとなって飛散すると仮定すると、そのターゲットから50m離れたところにいるスタッフと500m離れたところに住んでいる人はそれぞれ20マイクロシーベルトと2マイクロシーベルトを被曝するとのことです。これによるガン患者の増加数は、スタッフで100万人に1人、住人は1000万人に1人です(ほとんど無視できる、というニュアンスです)。ちなみにイギリスでの自然放射線被曝量は年間2200マイクロシーベルトです。」
もう1つはイギリスのLow Level Radiation Canpaignに所属するRichard Bramhall氏の報告。
「実験動物や、亡くなった方の解剖の結果では、気管周囲のリンパ節から高濃度のアクチナイド(原子番号89-103の元素)が検出されました。直径0.5マイクロメートルのアクチナイドが発するアルファ線およびベータ線の量は自然放射線の10倍に達すると計算され、直径が大きくなるほど線量も増えます。ICRPの被曝線量計算および被曝による健康被害推定は、主に広島・長崎の被曝者のデータによるもので、ガンマ線による外部被曝を中心に構成されており、こういったタイプの被曝については考慮されていません。よって、劣化ウランによる健康被害を正確に推定するには、リンパ節などからの内部被曝の影響を正確に計ることが必要と考えられます。」
ということで、研究者の間でも意見の分かれる劣化ウランの毒性について、実際に使用された場所での調査結果を次回以降で述べます。
(2005年5月16日)
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