劣化ウラン弾の話 その8

今回から、旧ユーゴスラビアに話を移します。ここでは1995年と1999年の紛争でNATO軍により劣化ウラン弾が使用されました。
まずは旧ユーゴスラビアの環境中に存在する劣化ウランの話から。2005年に発表された論文を読んでみます。

最初は、「Concentration and characteristics of depleted uranium in water, air and biological samples collected in Serbia and Montenegro.」という論文で、Applied Radiation and Isotopesという雑誌の通巻63巻、381-399ページに載っています。著者はItalian Environmental Protection Agency and Technical Services所属のGuogang Jia氏ら。

ではIntroductionから。
「劣化ウランは、核燃料や核兵器を天然ウランから製造する際の副産物である。アメリカには60万トンもの劣化ウランが貯蔵されている。劣化ウランの密度は1立方センチあたり19.05gと高く、硬く、自然発火性があり、原料の値段が比較的安く、徹甲弾や装甲材の材料として理想的である。劣化ウランが初めて大規模に使用されたのは湾岸戦争であり、次に使用されたのは1995-99年のバルカン紛争であった。使用量は、1991年の湾岸戦争でのイラク・クウェートで320トン、1995年のユーゴ紛争でのボスニア・ヘルツェゴビナで3トン、セルビア・モンテネグロで1トン、1999年のコソボ紛争でのコソボで11トン。2003年のイラク戦争でも30トン以上が使用されたとされる。劣化ウランは放射能を持つ重金属であり、それによる健康被害について研究が続けられている。とくに、軍隊での劣化ウランの使用が放射線防護、環境防護、放射線生態学などの観点から注目されている。」
「1999年のバルカン紛争ののち、2000年11月5日から19日にかけてイタリアの環境防護機関がコソボで水、植物、土壌などを採取し、研究が行われた。結果、コソボの表土サンプルの大部分から通常以上のウランが検出され、なかには通常の7000倍に達するところもあった。これをうけて2001年10月27日から11月5日にセルビア・モンテネグロで追加の調査が行われ、水、空気、コケ、樹皮などを採取した。これらは劣化ウランの使用されていない、イタリアで採取したサンプルデータと比較された。その結果を示したのが本論文である。」

湾岸戦争、ユーゴ紛争での劣化ウラン使用量は過去の報告に基づいていますが、イラク戦争での使用量は根拠(参考文献)が示されていないので、真偽は不明です。アメリカのM-1戦車がM-2歩兵戦闘車の劣化ウランAPFSDSの誤射を喰らっているので、使われたのは間違いないだろうけれど。また、劣化ウランは原料代は安いけれども、加工と保存に手間がかかるので、実際はタングステン弾より高くなるのは大事典に載せたとおりです。

続いて、方法。要約します。
「ウラン濃度測定は、アルファ線分光法により行った。サンプルは、DU弾が撃ち込まれたことが分かっている場所の周辺などで、地雷や不発弾が埋まってなさそうな場所から採取した。コソボ紛争末期頃からは、撃ち込まれた劣化ウラン弾や、劣化ウランで汚染されたとみられる土壌を回収する努力が行われており、そこからサンプルを採取した。」
「空気は高流量エアポンプに送ってエアフィルターに通し、そのフィルターからウランを検出した。」
「コントロールのサンプルは、イタリアのローマなどから採取した。」
「水1リットル、コケ・樹皮・エアフィルター1-2グラム、土壌0.5gをウラン検出に使用した。」
「ウラン234・ウラン235とウラン238の比から、検出されたウランが天然ウランか劣化ウランか判断した。」

結果に移ります。
「A-10攻撃機から発射された劣化ウラン弾が命中しなかったり、ソフトスキンに命中したりした場合は、2m以上の深さにめり込む場合がある。この場合、土壌の酸性度などにより、劣化ウランの溶け出し具合が変わってくる。また、装甲車両や硬目標に命中した場合は、普通10-35%(最大70%)がエアロゾル化し、発火する。その直径は大部分が5ミクロン以下で、風により飛散する。また、エアロゾル化した劣化ウランは黒色で、酸化ウランを主成分とする。劣化ウラン弾命中箇所の周囲は、この黒い塵で覆われている。エアロゾル化した劣化ウランは、空気、水、植物、土壌を汚染する。その汚染範囲は、目標から100m以内であるという論文もあるが、数キロにわたり飛散するという論文もある。劣化ウランは、風で運ばれる他、虫などの動物にくっついて運ばれたり、雨や地下水により流されたりする。表4-10に、セルビア・モンテネグロ各所と、コントロール各所から採取したサンプルに含まれるウラン同位体の量を示す。」

表は膨大なので省略しますが、各所で採取した土・水・植物から検出されたU234、U235、U236、U238の濃度(Bq/kgもしくはmBq/L)と、対U238比が示されています。
では、続き。植物中のウランに関する解析です。

「地衣類、コケ、キノコ、樹皮、葉は、感受性が高く、安価で、採取が容易なため、環境毒物に対する生物学的なモニターとしてよく利用される。とくに、地衣類やコケは、重金属や放射性核種含め、多くの物質の観測に有効である。1960年代から、大気圏内核実験や、核動力衛星地球再突入により大気中に放出された放射性物質の観測に使用されており、1986年のチェルノブイリ事故でも地衣類やコケを使用して数々の実験が行われた。」
「表4の通り、コントロールの場所で採取した地衣類に含まれるウランの量は、U238で1.01-4.68Bq/kg、U234で0.85-5.17Bq/kg、U235で0.04-0.28Bq/kgの範囲だった。U234/U238は0.984±0.082、U235/U238は0.053±0.021であった。コケに含まれるウラン量は、U238で1.18-7.14Bq/kg、U234で1.15-7.69Bq/kg、U235で0.06-0.31Bq/kgの範囲だった。U234/U238は1.027±0.082で、U235/U238は0.057±0.024であり、地衣類とコケでは類似した結果となった。自然界のウランは、U234/U238が1.00、U235/U238が0.046であり、劣化ウランはこれよりも低い比となるので、地衣類やコケに含まれるウランは主に天然ウランであると判断できる。」
「表7・8に、セルビア・モンテネグロにおける地衣類、コケ、キノコ、樹皮、葉のウラン濃度を示す。U238は0.67-704Bq/kg、U234は0.48-93.9Bq/kg、U235は0.02-12.2Bq/kgで、コントロールの場所採取したサンプルより高い値を示した。また、U236も微量ながら検出された。U234/U238は0.131-1.32、U235/U238は0.007-0.141、U236/U238は0-0.0098だった。また、岩や土壌から採取した地衣類は、木の幹から採取したものよりも高いウラン濃度を示しており、U238は1.63-20.3Bq/kg、U234は1.62-21.3Bq/kg、U235は0.1-1.3Bq/kg、U234/U238は0.592-1.12、U235/U238は0.03-0.077だった。これらの結果は、いくつかの採取地点で劣化ウランが含まれていることを示唆している。もっともウラン濃度が高かったのはモンテネグロのケープ・アルザ(U238で704Bq/kg)で、ここから採取したほぼ全てのサンプルから劣化ウランが検出された。これは、付近の戦闘で劣化ウラン弾が使用され、固い地表に衝突して粉砕され、空中に拡散したためとみられる。ケープ・アルザの松の葉にはU238で0.19-3.75Bq/kg、U234で0.04-0.88Bq/kg、U235で0.01-0.06Bq/kgのウランが含まれており、比はU234/U238で0.162-0.85、U235/U238で0.015-0.204で、全サンプルに劣化ウランが含まれていた。」
「以前の報告に基づき、劣化ウラン分画を算出したところ、サンプルを採取した7地点すべてで劣化ウラン分画を含むことがわかった。ケープ・アルザの地衣類の中には、含まれるウランの99.5%が劣化ウラン由来であるというものもあった。」

U234とU238、U235とU238の関係をグラフにした図もありましたが、重要でなさそうなので省略。ケープ・アルザはコントロール地点に比べ、U238で150倍くらいの濃度(Bq/kg)がある計算になります。
次いで、空気中のウラン。

「空中のウラン濃度は、天候や土壌中のウラン濃度により変化する。たとえば、アメリカにおけるウラン濃度は0.9-5μBq/立方m、ヨーロッパで0.02-18μBq/m3とかなりの幅がある。セルビア・モンテネグロで採取した大気中には、1.99-42.1μBq/m3のU238、0.96-38μBq/m3のU234、0.05-1.83μBq/m3のU235が含まれており、これは天然ウランによるものと考えられた。最も高い値を示したのはBratoselceのサンプルだが、ここの土壌には高濃度の天然ウランが含まれていることが報告されている。最もウラン濃度が低く、U234/U238の比も低かったのは、海に近いケープ・アルザであった。内陸部や工業地帯に比べ、沿岸域は空気中のウラン濃度が大幅に低いことはよく知られている。」
「以前の報告に基づき、劣化ウラン分画を計算したところ、ウラン同位体濃度は天然ウランの典型的な値に収まっているが、Pljackovica、Borovac、Bratoselce、Bukurevac、ケープ・アルザで採取したサンプルのいくつかで劣化ウランを含んでいることが強く疑われた。」
「DU暴露時の危険性は、主に放射線によるものと化学毒性によるものに分かれる。放射線毒性に関して言えば、劣化ウランの吸入というのが重要な経路である。ヒトは一日に23立方メートルの空気を吸うということ、U238は8×10^-6Sv/Bq、U234は9.6×10^-6Sv/Bq、U235は8.5×10^-6Sv/Bqの線量を持つことから計算すると、もっとも劣化ウラン濃度の高いPljackovicaでの被曝量は1.73μSv(うち1.28μSvがU238、0.42μSvがU234、0.03μSvがU235)となる。ICRPの勧告では、一般人の一年あたり許容線量は1mSvなので、セルビア・モンテネグロにおける劣化ウラン吸入による被曝は、重要性を持たない。」

次は、水のウラン濃度。

「天然水中のウラン濃度は、0.01未満-150ベクレル/リットルと幅がある。U234/U238は0.8-10まで幅があるが、U235/U238は約0.046とほぼ一定である。イタリアで採取した海水はウラン濃度が高めで、U234/U238は1.15、U235/U238は0.054であった。イタリアで採取した飲料水・河川の水におけるウラン濃度はU238が0.49-135mBq/L、U234が0.49-135mBq/L、U235が0.02-4.82mBq/Lで、U234/U238が1.35、U235/U238が0.05だった。WHOのガイドライン(1998年)では、飲料水中のウラン濃度が2マイクログラム/L以下(U238濃度が24.9mBq/L以下)ならば腎障害を起こさないとされている。コントロールとして採取したイタリアの飲料水でも、この基準を超えているものがいくつかあった。とくに火山の近くで採取したミネラルウォーターでウラン濃度が高く、これは酸化ウランが500度以上の環境で二酸化炭素と反応すると水溶性のUO2CO3を生じるためと考えられる。」
「セルビア・モンテネグロで採取した水の中には、ウラン238が0.4-21.9mBq/L、U234が0.27-28.1mBq/L、U235が0.01-0.88mBq/L含まれており、イタリア中央部で採取した水よりも低い値だった。ウラン同位体比はU234/U238が0.66-1.47、U235/U238が0.036-0.077だった。調査した11地点のうち2箇所で劣化ウランが含まれていると推定され、1箇所は含有ウランのうち47.7%、もう一箇所は32.3%が劣化ウランと計算された。しかし含有ウランの全体量が少ないため、この推定が正しいかどうかは更なる調査が必要である。これらの結果から、セルビア・モンテネグロで採取した水に含まれるウラン量はWHOの飲料水基準を下回っており、人体に影響があるとは考えにくい。しかし、地表に近い所で採取した水は、土壌による浄化作用を受けている可能性があり、また目標を外れた劣化ウラン弾は地中深くに埋まるため、ウラン量を過小評価している可能性がある。」
「これまでの報告では、粉塵状になった劣化ウランは溶解しやすいため天然ウランよりも移動性が高く、地下の帯水層に集積して将来にわたり汚染を引き起こす可能性がある。飲料水として使用される地下水については、引き続き調査を継続し、汚染が悪化していないかどうかチェックする必要がある。」

大気中および水中に含まれるウランは脅威となる量を下回っているとのことでした。イタリアのミネラルウォーターにはWHOガイドラインの5倍もウランが含まれているものがあるようですが、とくに腎障害やガンが多発しているという話は聞きませんので、飲んでいる方はあまり気になさらずに。ちなみにイタリア人のミネラルウォーター年平均摂取量は130リットルだそうです。

最後に、結論。

「セルビア・モンテネグロで採取した植物中には、コントロールとして採取したイタリアのものを上回るウランを含むものがみられ、同位体の比などから大多数の地点で劣化ウランが含まれていると推定された。これは、非常に低いレベルではあるが、広範囲で劣化ウランの汚染が広がっているということを示していると考えられる。」
「調査地点での大気中、地中、植物中の現時点でのウラン濃度は、放射線による健康リスクを生じるようなレベルには達していない。」

ということで、劣化ウランが環境中に放出されたのは確実だけれども、現時点では健康被害を起こすようなレベルにない、という論文でした。

続いて、「Radioactivity of the soil in Vojvodina (northern province of Serbia and Montenegro)」という題の論文。Journal of Environmental Radioactivity誌の通巻78号(2005年)、11-19ページに載ったもので、著者はNovi Sad大学(ユーゴスラビアにある)のI. Bikit氏らです。

まずはIntroduction。

「Vojvodinaの土壌は、いくつかの放射能を含んでいる。その要因として、南東ヨーロッパの原発、高い濃度のウランを含むリン肥料、そして劣化ウラン弾が挙げられる。地球でのウラン濃度は1.1-10ppmで、トリウムの濃度は10pppmとされる。放射能で表すと、13.5-123Bq/kg(U238)および39.4Bq/kg(Th232)である。」
「放出された放射能は呼吸や経口摂取により人体に蓄積する。土壌での放射能の動態は、土壌の性質、そこで育つ作物、気候の状態などで変化する。」

ここは読んで字の通り。
続いて、方法。

「2001年に、Vojvodinaの50箇所から土壌を採取した。それぞれ10m四方から深さ2cmまでの土壌サンプル10個を採取し、かき混ぜて1つのサンプルとした。」(以下放射性同位体測定法なので中略)「セシウム137、ウラン238、トリウム232、カリウム40を測定した。」

結果と考察。

「セシウム137の濃度分布をグラフにしたところ、非対称の分布を示しており、人工放射能の土壌中への混入が疑われた。全サンプルでウラン238の量は自然環境レベル内にあり、ウラン238とラジウム226の比も乱れておらず、サンプル中に劣化ウランが存在するという証拠は得られなかった。トリウム232、カリウム40の濃度は自然環境レベル内にあった。」
「全サンプル中にセシウム137が存在していたが、これは核実験のフォールアウトおよび1986年のチェルノブイリ事故によるものと推定される。セシウム137は半減期30年なので、Vojvodinaの環境中には長期間残存すると考えられる。」
「他地域との比較を行ったところ、トリウム232はインドよりも低く、日本と同じくらいで、エジプトやアイルランドよりは高かった。ウラン238とトリウム232の比は、日本やアイルランドと同じくらいだった。」
「セシウム137の量を以前の調査と比較してみると、1988年の調査よりもやや減少していることが分かった。」

ちなみにVojvodinaのウラン238濃度は51±9Bq/kg、トリウム232は53±8Bq/kgとのことです。この研究では劣化ウランは検出されなかったとしていますが、コソボ紛争から2年経っているので、土壌表面にあった微粒子の劣化ウランは吹き飛ばされたか水に流されたのではないでしょうか。ともかく表土汚染の証拠はこの調査からは得られませんでした。

以上の2論文では、環境中に有害レベルの劣化ウランは検出されませんでした。ただし調査時点が2001年なので、劣化ウラン弾使用後少なくとも2年を経過しているというのが注意点。

次回はユーゴにおける疫学調査の論文を紹介する予定。

           (2006年1月27日)

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