「In Vitro Immune Toxicity of Depleted Uranium: Effects on Murine Macrophages, CD4+ T Cells, and Gene Expression Profiles
劣化ウランの細胞実験系における毒性:齧歯類のマクロファージ、CD4陽性T細胞、遺伝子発現に対する効果
Bin Wan, (1, 2) James T. Fleming, (1, 3) Terry W.
Schultz, (1, 2, 4) and Gary S. Sayler (1, 2, 3)
Environ Health
Perspect 114:85–91 (2006).
1Center for
Environmental Biotechnology, 2Department of Ecology and Evolutionary Biology,
3Department of Microbiology, and 4Department of Comparative Medicine, University of Tennessee, Knoxville,
Tennessee, USA
要旨
劣化ウランは、濃縮ウラン製造の際に生じる副産物であり、天然ウランや濃縮ウランと同様の化学的特性を持っている。環境中の劣化ウランによる免疫系への毒性を研究するため、我々は劣化ウラン(硝酸ウラン)を齧歯類の腹膜由来のマクロファージおよび脾臓のCD4陽性T細胞に暴露させ、細胞の活性、免疫機能、サイトカイン関連遺伝子の発現に与える影響を調べた。マクロファージおよびCD4陽性T細胞に、様々な濃度の劣化ウランを暴露させ、アポトーシスやネクローシスなどの細胞死をアネキシンV/プロピジウムヨード法で分析した。劣化ウランの細胞毒性は、両細胞とも濃度依存性に生じたが、マクロファージではネクローシス及びアポトーシスが100マイクロモーラーの劣化ウランに暴露後24時間以内に発生したのに対し、CD4陽性T細胞では500マイクロモーラーの劣化ウランで発生した。マクロファージやT細胞に細胞死を起こさせない濃度は、それぞれ50マイクロモーラーおよび100マイクロモーラーであった。リンパ増殖分析を行ったところ、マクロファージの機能は、200マイクロモーラーの劣化ウランに暴露させてから2時間で変化した。マイクロアレイおよびリアルタイムRT-PCR法を行ったところ、劣化ウランは両細胞における遺伝子発現を変化させた。最も変化の大きかった遺伝子発現としては、シグナル伝達関連のc-jun、NFκBp65、ニュートトロフィックファクター(Mdkなど)、ケモカイン及びケモカインレセプター(TECK1CCL25)、IL-10やIL-5といったインターロイキンがあり、劣化ウランがガンや自己免疫疾患に関係し、T細胞のヘルパー2型への局在化を誘導する可能性が示唆された。本研究は、劣化ウランの毒性が発揮される分子的メカニズムを理解する上で最初のステップになると共に、本研究により、劣化ウランによる免疫系修飾の分子的メカニズムを明らかにすることもできよう。」
劣化ウランを齧歯類の免疫系細胞に投与した実験です。マクロファージは体に入ってきた異物を食べる細胞で、免疫系で言うと最も末端に位置します。CD4陽性T細胞というのはいわゆるヘルパーT細胞のことで、免疫系の司令部にあたります。遺伝子発現のあたりで見慣れない英字や単語が並んでいますが、これらは細胞の内外でいろいろな作用を及ぼすタンパク質です。詳しいことは後で説明されますので、とりあえず今は気にしなくても大丈夫。
では続けて本文に入ります。
「背景
劣化ウランは、天然ウランを濃縮する際の副産物である。ウランの環境中への放出は、世界の多くの場所に於いて、ヒト及び環境の健全性にとっての脅威となっている。劣化ウランは天然ウランや濃縮ウランと同様の化学的特性を所有しているが、劣化ウランの投与による主な危険は、放射能というよりはその重金属毒性にある。劣化ウラン混合物の健康への悪影響は、その化学的形態に一部を依存している。2価から4価のウラン混合物は、不溶性である。しかし、6価のウランは、その酸化ステータスにかかわらず、生体内で可溶性である。毒性学的に重要なのは、この6価のウランである。6価のウランは、リン酸、カルボキシル、ヒドロキシル群に高い親和性を持つため、ウラン混合物は蛋白やヌクレオチドと結合し、安定化合物を形成することができる。
血清中のウランは、ウラン・アルブミン混合物のような非拡散性の複合体を形成したり、イオン化炭酸水素ウラン化合物のような拡散性の複合体を形成したりする。劣化ウラン暴露による長期及び短期のもっとも特徴的な反応は腎不全であるが、ウランは中枢神経系や精巣、リンパ節、脾臓などにも蓄積することがわかっており、これらの場所でも健康に悪影響を及ぼすことが推察される。精巣や甲状腺において、ウランが病理学的な変化を引き起こすことが以前に報告されている。
劣化ウランの効果を調べるため、いろいろな培養細胞を用いた研究が行われてきた。例えば、チャイニーズハムスターの卵子に劣化ウランを暴露させると、細胞活性が低下し、細胞周期が抑制され、娘クロマチドや小核・染色体異常が増加することが分かった。腎細胞は劣化ウラン暴露で乳酸デヒドロゲナーゼを放出し、ヒト骨芽細胞は悪性転化を起こした。
より重要なのは、いくつかの研究で、劣化ウランが免疫細胞にも影響を及ぼしているという結果が出ていることである。マクロファージはウランを取り込むことができるが、それが結果として細胞のアポトーシスを引き起こすことが報告された。他にも、サイトカイン遺伝子の発現や免疫反応を変化させるという報告がなされている。たとえば、最近の研究で、劣化ウランがマクロファージからTNFやIL-6といったサイトカインを異常に発現させたり、放出させたりすることが分かった。
湾岸戦争では、何トンもの劣化ウラン兵器が使用され、多数の兵士がそれを被弾し、破片を除去できずにいる。それに加え、戦場での劣化ウラン粉塵の吸入が劣化ウラン暴露経路として重要視されている。湾岸戦争症候群は、自己免疫疾患と臨床的に類似点があり、全身のヘルパーT細胞がTh1からTh2にシフトすることで引き起こされるという仮説がある。本研究では、劣化ウランの暴露が免疫細胞のサイトカイン遺伝子発現に影響を与え、免疫システムの機能を変化させ、免疫毒性を発揮するという仮説を立てた。これは、アポトーシスやネクローシスといった細胞死が免疫抑制などの悪影響を引き起こすという、以前に報告された論文に基づくものである。また、マクロファージの食活性と全身への分布、T細胞による活性化・増殖という性質から、劣化ウランによるマクロファージへの影響もあわせて調べることとした。劣化ウランにさらされた免疫細胞におけるサイトカイン遺伝子発現は、劣化ウランの免疫システムへの毒性の分子メカニズムを理解するのに寄与する。これらの仮説を検証するため、我々はマクロファージとCD4陽性T細胞を劣化ウラン(硝酸ウラン)に暴露させ、アポトーシスの有無や、リンパ球からの指令を受けてのマクロファージ機能の変化を検討することとした。マクロファージとT細胞は細胞毒性を引き起こさない濃度の劣化ウランにも暴露させ、サイトカイン遺伝子発現の変化も観察した。これらの実験結果は、劣化ウランの発ガンや自己免疫疾患発症における役割を示すものとなろう。」
ここでは今回の実験を始めるきっかけが述べられています。湾岸戦争症候群が自己免疫疾患類似の症状(不定愁訴と思われます)を示すことから、劣化ウランにより免疫システムが影響を受けるのではないかと考え、実験系を組み立てたとのこと。背景には、劣化ウランがアポトーシス(細胞自死)を引き起こしたり、マクロファージからサイトカイン(細胞に情報を伝達する物質)を放出させたりするといった、これまでに発表された論文があります。劣化ウランによってCD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞に同じ)の性質が変化したり、マクロファージからよけいな情報が免疫系細胞に伝達されたり、両細胞が死滅したりすることにより、免疫系が異常を起こすのではないかと仮定しているわけです。
「方法
化学物質。硝酸ウラン(UO2(NO3)2・6H2O)0.2マイクロキュリー/ミリグラムと、硝酸ナトリウム(NaNO3)をマリンクロット・スペシャルティ・ケミカルズ株式会社(ニュージーランド)から購入し、水に溶解した。リポポリサッカライドとコンカナヴァリンA(ConA)をSigma社から購入し、DMSOに溶解した。α-33P-デオキシアデノシン5’ 3リン酸をICNラジオケミカルズ社から購入した。
動物。BALB/cおよびDO11.10T cell receptorトランスジェニックマウスをジャックソン研究所から入手し、テネシー大学動物ケア施設の病原体のない環境で飼育した。6-8週のマウスを細胞採取に使用した。
細胞採取。Balb/cマウスの腹腔にチオグリコレートブロス(重量比3%、マウス1匹あたり1ml)を注入し、4日後に採取してマクロファージを集め、3-4匹分まとめて貯蔵した。細胞は25平方センチの円錐細胞培養フラスコまたはポリスチレン製の6ウェル平底プレートに入れ、37度、95%空気・5%CO2で4時間温め、容器表面にへばりつかせた。温めたPBSで2回洗浄し、くっつかなかった細胞を取り除き、10%低エンドトキシン・熱不活性化牛血清、10^-5モーラー2メルカプトエタノール、20マイクロモーラーLグルタミン、1ミリリットルあたり100単位のストレプトマイシン含有完全RPMI-1640培地で一晩培養した。CD11b染色で分析したところ、培養細胞は95%以上がマクロファージであった。培養した細胞は、Ⅱ回洗浄し、トリパンブルーで染色して数を数え、さまざまな硝酸ウランに暴露させ、25平方センチフラスコのものはRNAの分離に、6ウェルプレートはサイトメトリー分析にかけた。
脾臓のCD4陽性T細胞は、市販のプロトコルにより、磁力活性化細胞分離法で分離した。DO11.10マウス3-4匹から採取して貯めておいた脾臓細胞を、CD8a、CD11b、CD45R、DX5、Ter-119ビオチン結合モノクローナル抗体で染色した。それらを抗ビオチンマイクロビーズとともにLS磁力分離カラムに入れた。抽出されてくるもののうち、95%以上がCD4陽性T細胞である。洗浄の後、細胞をcRPMI-1640培地1mlあたり10万個になるように浮遊させ、CD3でコーティングされた96ウェルプレートに入れて劣化ウランに暴露させ、RNA分離およびフローサイトメトリー分析に使用した。細胞は実験を行うたびに新鮮なものを採取した。
細胞死の検出のための細胞染色およびサイトフローメトリー分析。マクロファージとCD4陽性T細胞に対し、フローサイトメトリーを使用した細胞死分析を行った。方法は、アネキシンVフルオレッセン・アポトーシス・ディテクション・キット(シグマ社製)に記載されているものに準拠した。1mlあたり10万個の細胞を、マクロファージは0-200マイクロモーラー、CD4陽性T細胞は0-500マイクロモーラーの硝酸劣化ウランに暴露した。その後、細胞を集めてPBSで1回洗い、1×結合バッファーで溶いた。この溶液500マイクロリットルに5マイクロリットルのアネキシンVフルオレッセインと10マイクロリットルのプロピジウムヨーダイドを加え、12×75mmテストチューブに入れ、10分間室温で遮光下に放置した。その後、フローサイトメトリーFACScan(BD Biosciences社製)に30000回カウントさせた。データファイルはCellQuest software(BD Biosciences社製)およびWinMDI Ver 2.8(スクリップス・インスティテュート製)に自動的に記憶され、分析に使用された。劣化ウランで処理したものと、対照との比較は、エクセル(マイクロソフト社製)を使用し、ツーテイルドTテストで行った。
リンパ増殖アッセイ。マクロファージの付属細胞への機能をみるため、T細胞増殖アッセイを使用した。これは、2000年にKrocovaらが使用した方法によった。腹腔内のマクロファージを96ウェルのプレートに散布し、4時間かけて壁に接着させ、劣化ウランを含むcRPMI-1640培地(ウラン濃度は10、50、100、200、500、1000マイクロモーラー)または劣化ウランを含まない同量のcRPMI-1640培地を加えた。2時間温めた後、細胞を洗い、CD4陽性T細胞溶液(1mlあたり10万個。1mlあたり5マイクログラムのConAを含む)を加えた。同時に、T細胞を含まない対照も製作した。プレートは37℃、95%空気+5%二酸化炭素、湿度95%で48時間培養した。その後、10マイクロリットルのMTT(3-(4,5-ジメチルチアゾリル-2)-2,5-ジフェニルテトラゾリウム・ブロマイド)溶液(5ミリグラム/ミリリットル)をそれぞれ加え、さらに4時間培養した。最後に100マイクロリットルの酸性イソプロパノール(100%イソプロパノールに0.04モーラーのHClを加えたもの)を加え、混合した。スペクトロフォトメーター(バイオテック・インスツルメンツ社製)で562nmの吸光度を測定した。
マウスのサイトカインcDNAマイクロアレイ分析。パノラママウスサイトカイン遺伝子アレイ(シグマ社製)は、514の異なるサイトカイン関連cDNAが荷電ナイロン膜にプリントされており、これを使用して遺伝子発現状況を分析した。遺伝子リストの詳細は、シグマ社のホームページを参照。われわれはマクロファージとCD4陽性T細胞を50もしくは100マイクロモーラーの劣化ウランに暴露させ、24時間放置し、トリゾールリエージェントを使用してRNAを採取し、RNaseの含まれていないDNaseⅠ(ギブコ-BRLライフテクノロジー社製)で処理した。マウスサイトカイン遺伝子cDNAラベリングプライマー(シグマ-ジェノシス社製)を使用し、2μグラムのRNAからα33P-dATP標識化cDNAプローブを作成し、NucTrapプローブ精製カラム(ストラタジーン社製)を使用してプローブから結合しなかったヌクレオチドを取り除いた。EDTAを最終濃度10ミリモーラーとなるように加え、プローブを95度で5分過熱した。アレイはウルトラアレイ・ハイブリダイゼーション・バッファ(アンビオン社製)を使用し、55度で一晩過熱してプローブとハイブリダイズした。その後、アレイを2×SSC・0.5%SDS溶液で50度30分、0.5×SSC・0.5%SDS溶液で50度30分洗浄した。膜を風乾し、透明なプラスチックの袋に入れ、低エネルギーストレージ・フォスフォイメージスクリーン(コダック社製)に暴露させた。映像はストーム840フォスフォイメージャー(モレキュラーダイナミクス社製)で、50マイクロメートルの解像度でスキャンし、アレイビジョン・ソフトウェアVer6.0(イメージング・リサーチ社製)を使用して解析し、結果はアレイスタットVer1.0(イメージング・リサーチ社製)からマイクロソフトのエクセル形式で出力、統計学的な分析に使用した。ここで得られたマイクロアレイのデータは、ジーン・エクスプレッション・オムニバス(GEO2005、アクセスナンバーGSE2333)で利用可能である。
リアルタイムRT-PCR分析。リアルタイム逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)は、マイクロアレイ分析の遺伝子発現の評価に使用される。このアッセイは、SYBRグリーンⅠ(キアゲン社製)を探知フォーマットとし、DNAエンジンオプティコンシステム(MJリサーチ社)を使用して行った。まず我々は、逆転写酵素を使用して全RNAを1本鎖cDNAに逆転写し、SYBRグリーンPCRキット(キアゲン社製)を使用してリアルタイムRT-PCR分析を行った。PCRプライマーは表1(略)の通り。PCRののち、我々は溶解曲線分析を行い、PCR増幅反応の特異性を評価するためにゲル電気泳動を行ってPCR産物を可視化した。グリセルアルテヒド-3-フォスフェート デヒドロゲナーゼ(GAPDH)および試験遺伝子の両方で標準曲線を描き、プファフルらによるPCR効果算出法を用いてスロープを決定した。我々は処理後および対照の遺伝子発現をGAPDHで標準化したPCR効果およびサイクル数閾値(Ct値)により計算した。(計算式は略)
統計。データは平均値プラスマイナス標準偏差で記載しており、t-試験で対照群との比較を行い、p<0.05を有意とした。マイクロアレイデータ解析では、ブロットはバックグラウンドを引いた全アレイの平均値で標準化した。各実験は3回行っており、もしも1つでしか観察されないような変化であれば、分析から外した。関係のないデータはアレイスタット・ソフトウェアの標準化残渣により自動的に探知された。曲線合致式ランダムエラー積算法により、相対的モデルを派生物とともに利用した。データは対数的に変換し、2つの独立変数に対するZ試験を行った。異なった発現の遺伝子は、p<0.05を有意なものとした。」
大雑把に説明すると、使用した細胞は動物実験用マウスの腹腔から取り出したマクロファージと脾臓から取り出したヘルパーT細胞で、これら細胞を入れた培地の中に、DMSOという溶媒に溶かした硝酸ウランをいろいろな濃度で添加し、アポトーシスが起こるかどうか、マクロファージから出るサイトカインでリンパ球の増殖が起こるかどうか、どんなサイトカインRNAが出現・増加しているかを調べています。
「結果
マクロファージ細胞死。我々はA-V-FITCでラベルした細胞をフローサイトメトリーで分析することにより、マクロファージに対するアポトーシス誘導を決定した。A-V蛋白は、カルシウム依存性に、フォスファチジルセリン(PS)の存在するアポトーシス進行中の細胞表面に結合する。PSは通常細胞質膜に内包されているが、アポトーシスの間、膜リン脂質の非対称性が失われ、PSが外部に曝された状態となり、A-Vと結合する。A-Vで染色された細胞で、PIで陰性のものは、アポトーシスの早期にあると考えられ、どちらでも染色されるものは、アポトーシスの末期もしくはネクローシスの段階にあると考えられる。
劣化ウラン(硝酸ウラン)で処理したマクロファージは、アポトーシスに陥った。図1A(略)に示すとおり、20または50マイクロモーラーの劣化ウランに24時間暴露したものは、A-VおよびPI染色陽性細胞は増加していなかった。しかし、100および200マイクロモーラーの劣化ウランに暴露したものは、A-VおよびPI染色いずれも陽性細胞が増加しており、A-V染色陽性の細胞はそれぞれ12.3%と30.5%、PI染色陽性の細胞は12.4と49.2%だった。この結果は、アポトーシスおよびネクローシス両方が濃度依存的に増加することを示している。劣化ウラン50マイクロモーラーがマクロファージにとっては非細胞毒性濃度であるということが判明した。
100マイクロモーラーの劣化ウランに暴露したマクロファージの形態的な変化を顕微鏡で観察した(図2、略)。マクロファージを0または100マイクロモーラーの劣化ウランに24時間暴露させ、2%ホルムアルデヒドで固定し、0.1%トライトンX100で15分処理した。室温で風乾したのち、顕微鏡で観察した。マクロファージが壊死したり、変性したりすれば、培地の中に浮き上がってくる。図2のとおり、アポトーシスを起こした細胞は表面にくっついたままであり、細胞膜の形状は粗野になり、核構造が見えなくなっている(図2D、略)。特殊な顕微鏡で観察すると、表面から浮かび上がった部分が暗く見える。これで正常細胞を観察したのが図2C(略)で、核の部分が光っているのだが、図2Dではそのような部分は無く、核構造が焼失しているのがわかる。また、図2Dには、アポトーシス小体が観察される。」
まずはマクロファージのアポトーシスに関する実験結果から。顕微鏡および細胞染色の結果から、100マイクロモーラー以上の劣化硝酸ウランに曝露されるとマクロファージがアポトーシスを起こし始めることが判明し、濃度が濃くなるほどアポトーシスを起こす割合も高くなることが判明しました。
「CD4陽性T細胞死の分析。CD4陽性T細胞に劣化ウラン(硝酸ウラン)を暴露した実験では、アポトーシスとネクローシスが同程度観察された。図1B(略)に示す通り、1、10、100マイクロモーラーの劣化ウランに24時間暴露しても、A-VまたはPI染色陽性細胞は増加せず、アポトーシスやネクローシスの所見は得られなかった。しかし、500マイクロモーラーの劣化ウランに暴露すると、それぞれ64.5%および15.3%が陽性となった。ちなみに陰性コントロールは3.5%と1.5%だった。予想されたとおり、陽性コントロールはネクローシスの方が割合が高く、1ミリモーラーのNaNO3を加えた対照グループは陰性コントロールと大差なかった。このことは、硝酸ウランのNO3-イオンの影響でなく、劣化ウランイオンによってアポトーシスやネクローシスが出現したことを示している。劣化ウラン濃度100マイクロモーラーが、24時間暴露時のCD4陽性細胞の非致死濃度ということが分かった。」
続いてCD4陽性T細胞のアポトーシスに関する実験です。こちらは500マイクロモーラーでアポトーシスを起こし始めており、マクロファージよりもやや耐性が高いようです。硝酸ナトリウムを加えた対照では変化が起きていないことから、硝酸イオンと劣化ウランイオンのうち、劣化ウランイオンの影響によってアポトーシスが生じたのであろうとしています。
「リンパ増殖アッセイ。コンカナバリンA(ConA)によりT細胞を活性化した。そのメカニズムは、ConAが間接的にTCRと結合し、活性化シグナルを送るためとされている。T細胞の活性化は、T細胞の増殖に不可欠な信号を送る付属細胞として機能する非T細胞の存在にも依存する。200マイクロモーラー以上の濃度の劣化ウランに暴露させると、ConAによるT細胞増殖で見られるとおり、マクロファージの機能を有意に活性化した。劣化ウラン濃度が100マイクロモーラー以下だと、このようなT細胞の増殖は見られなかった。しかし、200、500、1000マイクロモーラーの劣化ウランにマクロファージを暴露させると、T細胞の増殖が濃度依存的に増加し、MTTアッセイでの密度測定では対照群で0.56だったのがそれぞれ0.76、0.86、0.87となった。それに加え、1ミリモーラーのNaNO3を加えた際には実験に特に影響を及ぼさなかったことから、NO3-イオンがマクロファージに影響を与えている可能性は否定された。本研究で、マクロファージを劣化ウランに2時間暴露させたのだが、96ウェルプレート上での細胞死は観察されなかった(図3、略)。ゆえに、マクロファージの数の違いによってT細胞の増殖能が変化したという可能性は否定された。」
続いて、マクロファージの機能変化を見る実験。200マイクロモーラー以上の濃度の劣化ウランにマクロファージを曝露させると、濃度依存的にT細胞の増殖を誘発したとのことです。上の実験のアポトーシス濃度を超えていますが、曝露時間が2時間と短かったために細胞死には至っていない模様で、この点に関しては特に気にしていません。ただこの現象が劣化ウランに特有なのか、それともアポトーシスを起こしかけているマクロファージ全てに共通のものなのかが不明なため、劣化ウラン以外の物質を曝露させてアポトーシスを起こしかけているマクロファージを作り、対照としてT細胞への影響を見ても良かったかなと思います。
「遺伝子発現における劣化ウランの影響。非致死レベル濃度の劣化ウランに暴露させたマクロファージおよびCD4陽性T細胞の遺伝子発現を、cDNAマイクロアレイにより分析した。実験は3回行っている。表2(略)に、マクロファージを50マイクロモーラーの劣化ウランに暴露させた際に有意に発現が変化した29の遺伝子(全分析遺伝子の6%)を示す。これら29のうち、24は発現が上昇、5は低下した。さまざまな遺伝子グループが影響を受けているが、シグナル伝達関連、サイトカインおよびインターロイキン関連、アポトーシス関連のものなどがある。他にはLTBP-2やMdkといった、神経栄養因子や、細胞接着蛋白などの遺伝子も影響を受けた。
CD4陽性T細胞に100ミリモーラーの劣化ウランを暴露させた際の遺伝子リストを表3(略)に示す。こちらも多数の遺伝子グループが影響を受けているが、Mdkを除いて表2と3には差が見られる。特異的なものとして、ケモカイン関連遺伝子がCD4陽性T細胞では上昇していたのに対し、マクロファージでは変化がなかったことが挙げられる。また、IL-5はT細胞に機能的に関連している。」
ここでは、細胞が死なない程度に劣化ウランを加えた場合、どんな遺伝子が活性化もしくは不活性化されるかを述べています。様々な役割を持つ遺伝子の発現が変化しており、マクロファージでは29遺伝子、CD4陽性T細胞では14遺伝子が影響を受けました。中にはアポトーシスに関連するものや、T細胞機能に関与するものも存在するとのことです。
「リアルタイムRT-PCR分析。我々はリアルタイムRT-PCR分析を遺伝子の確定的方法として使用し、マイクロアレイ分析により異なる発現を見せた遺伝子を決定し、両方で発現の変化した遺伝子を解析した。表4(略)に、いくつかの遺伝子のRT-PCRの結果をマイクロアレイの結果と共に示す。劣化ウラン暴露細胞におけるRT-PCR分析で、Mdk、c-jun、IL-10といった遺伝子はマクロファージで賦活化されており、CD4陽性T細胞ではMdkやIL-5が賦活化されていた。IL-10以外の全ての遺伝子の比が、マイクロアレイ分析により決定されたこれらと一致した。我々はこのアッセイを3回行った。一般的に、この定量RT-PCRアッセイは、マイクロアレイの結果を確定するために使用される。」
さらに遺伝子発現の変化を別の方法で調べています。結果、Mdkという神経栄養因子やc-junというガン関連因子、IL-10やIL-5など免疫関連因子が増加していることが分かりました。
「考察
鉱山採掘、加工、軍事工場からのウランによる環境汚染は、劣化ウラン暴露による環境および健康への影響への関心を高めている。劣化ウランは、経口摂取、吸入、傷口からの混入、被弾により体内に入る。細胞のレベルでは、劣化ウランの蓄積がさまざまなマクロファージ細胞系で観察されており、最初の関心は、劣化ウランがマクロファージの死を引き起こすかどうか、そしてその毒性がどのくらいの濃度で発揮されるかであった。本研究で、我々はA-VおよびPI結合のフローサイトメトリー分析を行い、アポトーシス及びネクローシスについて解析した。結果、劣化ウラン(硝酸ウランとして投与)を100マイクロモーラー以上加えると、24時間後にアポトーシスやネクローシスが起こることが判明した。これらの結果は、塩化ウランとJ774マクロファージ系細胞を使用して報告された以前の研究と類似しており、ヒト骨芽細胞でのデータとも比較できるものである。T細胞が500マイクロモーラー以上の劣化ウランに曝された際も、アポトーシスとネクローシスが生じた。500マイクロモーラー未満では観察されなかった。CD4陽性T細胞は、マクロファージよりも耐性が高かったが、これはマクロファージが積極的に劣化ウランを取り込むのに対し、CD4陽性T細胞はそれを行わないからであろう。他の重金属と比較してみると、劣化ウランはCD4陽性T細胞に対して水銀ほどの毒性は無いが、バナジウムや鉛と同じくらいの毒性を持っている。」
アポトーシスに関する考察では、マクロファージに異物取り込み作用があるため、CD4陽性T細胞よりも致死濃度が低かったのだろうと推定しています。これまでの報告と比較すると、劣化ウランの細胞毒性は鉛と同じくらいであるとのこと。
「劣化ウランの免疫細胞に対する毒性を決定した後は、どのように劣化ウランが免疫細胞の機能に影響するかに焦点が移る。ConAの存在下で、さらなる活性化シグナルが付属細胞から入ると、培養T細胞が活性化される。本研究で、我々は劣化ウランに暴露させたマクロファージがCD4陽性細胞に増殖シグナルを与える機能を保持できるかどうか調べた。結果、200-1000マイクロモーラーの劣化ウランに暴露させると、濃度依存的に培養マクロファージによるT細胞増殖能を変化させることが分かった。この反応は、鉛(12-120マイクロモーラーで同じ現象が起こる)など他の重金属に比べると高い濃度で発生している。本研究の結果、高濃度の劣化ウランに短時間暴露させると、マクロファージとT細胞の間の活動や免疫機能が急速に撹乱されることが判明した。」
ついでマクロファージのT細胞増殖機能獲得に関する考察。鉛などより高い濃度でT細胞の増殖が見られたとしていますが、高濃度劣化ウラン独特の反応なのか、アポトーシスになりかけたマクロファージから一般的に起こる反応なのかは不明のままです。
「これまでの劣化ウランを含む重金属による毒性を調べた研究で、免疫機能の障害にはサイトカインの調節が関与していることが判明している。しかし、これらの研究は、NF-κB、TNFαといった限られたサイトカインしか対象にしていなかった。劣化ウラン暴露後の腎組織における幅広い遺伝子発現の分析で、シグナル伝達などの多くの生体機能に関与する遺伝子が影響を受けることが示された。我々は暴露が非致死量で長期間に及んだ場合、劣化ウランが免疫機能にどんな影響を与えるか、またそれがサイトカイン遺伝子の発現に関連するものかどうか、疑問に感じた。
本研究で、我々はマウスのサイトカイン遺伝子アレイを使用し、予期したとおり、シグナル伝達系に関連した遺伝子が劣化ウラン暴露により著明に変化したことをつかんだ。劣化ウランに暴露させたマクロファージでは、もっとも高く発現したのはNF-κB p65であった。ミラーらによると、劣化ウラン(5-50マイクログラム/ミリリットルまたは18.5-185マイクロモーラー)はHepG2細胞のさまざまなシグナル伝達系に影響を与えたとされる。また、面白いことに、影響を受けた遺伝子の中にはNF-κB系も含まれていた。ウランによる毒性におけるNF-κBの重要な役割は、2002年のガジンらの論文ですでに報告されている。我々の結果は、劣化ウランがp65サブユニットの発現を増加させることにより、NF-κBを活性化させる能力を持つことを直接示したものである。転写因子のNF-κBファミリーは、免疫や炎症反応に関連する遺伝子の鍵となる制御因子であるだけでなく、成長因子や他の転写因子(c-myc、p53)などを介して、細胞成長、分化、増殖といった様々な機能に関与している。我々のマイクロアレイ実験で示されたNF-κB、MMP-13、c-mycの動員は、タックとライアステインが2001年に行った実験でも証明されている。
NF-κBは、前炎症活性または抗炎症活性を持つ蛋白の遺伝子を制御することにより、炎症および抗炎症反応いずれも仲介する。我々のマイクロアレイ分析では、劣化ウランに暴露したマクロファージにおいて、IL-10遺伝子の発現上昇がみられており、後者の作用が増幅されていた。NF-κBの活性化は、NF-κB誘導キナーゼ(NIK)との結合に活性を依存するI-κB(B細胞抑制因子βにおけるκ軽鎖遺伝子増幅の核となる因子)キナーゼを介して、I-κBの減少をもたらす。本研究で観察されたNIKの活性化は、NF-κBの信号経路が劣化ウランに暴露したマクロファージで採用されているという結論を支持する。劣化ウランはNF-κBの発現上昇(p65サブユニットの増加による)によりNIK活性を上昇させ、c-mycやMMP-13といった多数のサイトカインの発現を上昇させる。この仮説は、1998年のミラーらの研究で発表された、劣化ウランが骨芽細胞で腫瘍原性活性を持つという内容に一致する。
興味深いことに、神経栄養因子のMdkの発現がマクロファージでもCD4陽性T細胞でも劣化ウラン暴露後に上昇していた。Mdk遺伝子は、腎臓や上皮細胞といった限られた細胞でのみ発現するので、これが免疫系細胞で出現するというのは異常なことである。我々の知る限り、Mdkの発現が重金属によって促進された例は存在せず、劣化ウラン特有の免疫毒性として生物学的マーカーに使用できる可能性がある。Mdkの発現レベルはガンの早期に上昇することが多く、腫瘍マーカーとしての使用も検討されている。本研究におけるMdk発現の誘導は、劣化ウランの腫瘍原性において重要な役割を担っている可能性がある。
劣化ウランが誘導したTh1からTh2へのシフトは、湾岸戦争症候群の発症に関与しているという論文が出されている。Th1細胞とTh2細胞のバランスは、Th2にシフトさせる重金属など、様々な要素で崩れ、アレルギー反応や自己免疫疾患を引き起こす。我々の研究で、劣化ウランを暴露した事によるさまざまなサイトカイン遺伝子の発現により、CD4陽性T細胞にこういったシフトが生じる可能性がある。
我々のデータによれば、劣化ウラン暴露により、CD4陽性細胞におけるIL-5発現レベルは2倍に、マクロファージのIL-10発現レベルは1.7倍になった。2000年のクロコヴァらの研究で見られたTNFやIL-6の変化が我々の研究で見られなかった理由としては、使用する細胞の違い(前者は肺胞マクロファージと肺の線維芽細胞、後者は腹腔マクロファージ)が考えられる。しかし、Th2にみられる遺伝子であるIL-10およびIL-5は上昇しており、結論は同じようなものとなった。IL-5は、IL-10やIL-4を作るTh2細胞に特徴的なサイトカインである。IL-10は、Th2細胞が成長する微細環境を作り出す。ゆえに、劣化ウラン暴露後のIL-5とIL-10の発現上昇は、Th2分化傾向を示すものと考えられる。これが劣化ウランによるTh2シフトの転写レベルでの直接的な証拠である。Tヘルパー細胞におけるTh2細胞の優勢は、自己免疫疾患や、アレルギー反応でみられる。興味深いことに、血中IL-10濃度の上昇は、体調不良を訴えている湾岸戦争参加兵(戦場で劣化ウランに暴露した可能性がある)で観察された。今回のデータは、劣化ウランがマクロファージに作用し、IL-10濃度を上昇させる可能性を示唆するものである。それに加え、CD4陽性細胞におけるIL-5発現の誘導及びマクロファージにおけるIL-10発現は、劣化ウランがTH2へのシフトに重要な役割を持っている可能性を示している。」
最後に、劣化ウラン投与によって誘導された各種遺伝子発現の意味するところについて。発現の変化した遺伝子は、炎症反応、発ガン、自己免疫疾患に関連するものであり、劣化ウラン曝露による発症が疑われている各種疾患とも関連する可能性があると指摘しています。
「結論
まとめると、我々は劣化ウランが腹腔マクロファージおよび脾臓のCD4陽性T細胞を細胞特異的および濃度依存的にアポトーシスおよびネクローシスに陥らせることを証明した。200マイクロモーラー以上の劣化ウランをマクロファージに短時間暴露させると、CD4陽性T細胞とマクロファージの相互関係を乱し、T細胞増殖反応を活性化した。細胞毒性を発揮しない低濃度では、劣化ウランはシグナル伝達、インターロイキン産生、ケモカイン及びケモカイン受容体、神経栄養因子といったサイトカイン遺伝子を修飾し、免疫機能に影響を与える潜在的な可能性を持つことが分かった。アレイ分析では、劣化ウランが発ガンや自己免疫疾患の発症に関与する遺伝子を制御できることが判明した。CD4陽性T細胞とマクロファージにおけるIL-5およびIL-10遺伝子の活性化は、劣化ウランがT細胞をTh2へと分化させることを強く示唆する。マウスとヒトの遺伝子相同性や一般的な病理機能を考慮すると、本実験で観察されたマウスの免疫細胞に対する免疫機能やサイトカイン遺伝子発現の変化は、人間における劣化ウランの毒性が標的とする分子や、劣化ウランに関連する疾患の発症における分子メカニズムを示唆するものであるといえよう。」
以上の実験は、人間における劣化ウランの分子メカニズムを示唆するものであるとまとめています。もちろん人間と齧歯類では細胞の違いもありますし、細胞単体と一個体では劣化ウランの影響も異なりますから、全く同じ変化が人体に生じるとは言い切れませんが、劣化ウランの人体に対する作用を解明するうえでは一助となる論文です。
次からは要旨のみとなります。まずは
「A search for cellular and molecular mechanisms involved in depleted uranium
(DU) toxicity.
劣化ウランの毒性に関する細胞学的・分子学的メカニズムの研究
Environ Toxicol. 2006
Aug;21(4):349-54.
Pourahmad
J, Ghashang M,
Ettehadi HA, Ghalandari R.
Faculty of Pharmacy and Pharmaceutical Research Center, Shaheed Beheshti
University of Medical Sciences, Tehran, Iran
6価のウラン(酢酸ウラン)をラットの肝細胞に加えると、急速なグルタチオン酸化、反応性酸化物(ROS)生成、脂質過酸化、ミトコンドリアの膜電位低下、リソソームの膜破裂、肝細胞融解などが生じる。細胞毒性は、ROSスカベンジャー、抗酸化剤、グルタミン(ATP産生物)により防ぐことが可能である。肝細胞のジクロロフルオレッセイン酸化は、マンニトール(ヒドロキシルラジカルのスカベンジャー)や、ブチル化ヒドロキシアニソール、ブチル化ヒドロキシトルエン(抗酸化物)により阻害される。肝細胞で枯渇したグルタチオンは、6価のウランの毒性に抵抗し、ジクロロフルオレッセイン酸化の発生を抑制する。グルタチオンやシステインによる6価のウランの還元は、酸素の取り込みを伴い、2価のカルシウム(4価および6価ウラン還元阻害剤)により抑制される。6価のウランによる細胞毒性やROS産生も、2価のカルシウムにより抑制されるが、これは4価および6価ウランGSHが肝細胞でのROS形成を仲介していることを示唆する。6価ウランが毒性を得る還元メカニズムは、まだ判明していない。細胞毒性は、チトクロームP450阻害剤、とくにCYP2E1阻害剤によって抑制されるが、DTジアフォラーゼや、グルタチオン還元酵素の阻害剤によっては抑制されない。このことは、P450還元酵素とチトクロームP450に還元されたものが、6価のウランを4価のウランに還元する際に作用していることを示している。以上より、6価の細胞毒性は、還元された生物学的代謝物およびROSによるミトコンドリアおよびリソソームの毒性と関連していることが分かった。」
ラットの肝細胞に酢酸ウラン(6価のウランイオン)を投与した実験で、ウランがどのように細胞を傷害するかを調べたものです。ウランが反応性酸化物を生成してミトコンドリアおよびリソソームを傷つけるのが細胞障害の原因であり、6価のウランだけでなく、細胞内にある還元物質によって4価になったウランも反応性酸化物の生成に関与していると述べています。
続いてはこちら。
「Depleted uranium is not toxic to rat brain endothelial (RBE4) cells.
劣化ウランはラット脳上皮(RBE4)細胞に対する毒性を持たない
Biol Trace Elem Res. 2006
Apr;110(1):61-72.
Dobson AW, Lack AK, Erikson KM, Aschner M.
Department of Life Sciences, Winston-Salem State University
軟部組織に劣化ウラン弾の破片が食い込んでいる湾岸戦争参加兵の研究で、劣化ウランが神経毒性を発揮する可能性が示唆されている。われわれは、ラット脳上皮の培養系細胞であるRBE4を使用し、劣化ウランの取り込みなどについて研究を行った。劣化ウランがRBE4細胞に取り込まれることを確認した後、細胞体積の増加、ヒートショック蛋白90(Hsp90)の発現、3-[4,5-ジメチルチアゾル-2-イル]-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロマイド(MTT)の減少、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)活性を測定し、細胞毒性を分析した。これらの研究の結果、8酸化3ウラン塩化物の形でRBE4細胞に取り込ませた劣化ウランでは、これらの値はほとんど変化しなかった。ゆえに、本研究では、上皮細胞に劣化ウランを暴露させたときに細胞毒性が発揮されるという証拠を得ることはできなかった。」
こちらはラットの脳上皮細胞を使用した実験で、劣化ウランは細胞内に取り込まれるものの、毒性はなかったとのことです。これもヒトにそのまま適用するわけにはいかないのですが、ウランの毒性に関して興味深い論文となっています。
「Neurotoxic potential of depleted uranium effects in primary cortical neuron
cultures and in Caenorhabditis elegans.
皮質ニューロン一次培養細胞およびC.エレガンスにおける劣化ウランの神経毒性
Jiang GC, et, al.
Toxicol Sci. 2007
Oct;99(2):553-65.
Department of Physiology and Pharmacology, Wake Forest University School
of Medicine
劣化ウラン弾は放射線防御、カウンターバランス、装甲、弾薬などに使用される高密度金属である。劣化ウラン曝露は、湾岸戦争症候群の原因として大衆の関心が向けられており、本研究ではラットの皮質ニューロン一次培養細胞および回虫のC.エレガンスを使用し、劣化ウランの神経毒性に関する評価を行った。我々は劣化ウランを酢酸ウランの形でニューロンに曝露させ、細胞の活動性、細胞のエネルギー代謝、チオール代謝物酸化、脂質過酸化を測定した。同時に、さまざまな神経性緑色蛍光蛋白を使用して神経変性の可視化を行い、C.エレガンスにおける酢酸ウランの神経毒性を評価した。結果、酢酸ウランの細胞毒性は低く、エネルギー代謝やチオール代謝物酸化、脂質か酸化などの影響は与えないことが分かった。また、C.エレガンスの実験では、酢酸ウラン曝露後に神経変性が生じないことがわかった。酢酸ウランを使用したこれらの実験で、劣化ウランの神経毒性は低いことが判明した。以上より、湾岸戦争症候群に関連する神経変性状態の疫学的原因としての劣化ウランに対する大衆の関心のいくつかを軽減するべきである。」
ラットの神経培養細胞および線虫を使用した実験で、劣化ウランの神経細胞に対する毒性を調べています。上で紹介したRBE細胞による実験と同様に細胞毒性は発揮されず、劣化ウランの神経毒性が湾岸戦争症候群の原因となっているという主張に対しては懐疑的な結論を述べています。ヒトとラット・線虫で単純に比較して良いものかという疑問はありますが、神経細胞に対する毒性に関しては今後ともさらなる研究が必要なようです。
「Molecular analysis of hprt mutations generated in Chinese hamster ovary
EM9 cells by uranyl acetate, by hydrogen peroxide, and spontaneously.
酢酸ウラン、過酸化水素、自然発生で生じた、チャイニーズハムスター卵巣細胞EM9のhprt遺伝子変異の分子解析
Mol Carcinog. 2006
Jan;45(1):60-72.
Coryell
VH, Stearns DM.
Department of Chemistry and Biochemistry, Northern Arizona University
天然ウランおよび劣化ウランは、化学・放射線毒性により健康被害を生ずると信じられている。ウランの化学毒性のメカニズムは、未だはっきりと改名されていない。これまでの研究で、酢酸劣化ウランは、XRCC-1欠損CHO EM9細胞のヒポキサンチン(グアニン)フォスフォリボシルトランスフェレース(hprt)遺伝子に変異を引き起こすことがわかっている。本研究の目的は、酢酸ウランによるCHO EM9細胞でのhprt遺伝子変異の特徴を解析し、過酸化水素や自然状態での変異と比較することである。もし酢酸劣化ウランが化学的遺伝子毒性を持つならば、その特徴は重金属のものと類似し、過酸化水素や自然状態における特徴とは異なっているはずである。酢酸劣化ウランの59例、自然変異38例、過酸化水素45例の変異を作った。塩基置換は、酢酸ウランで29%、自然変異で42%、過酸化水素で16%の細胞で観察された。GからTまたはCからAの置換は、自然変異または過酸化水素誘発と、酢酸ウラン誘発で大きな差はなく、酢酸ウランの変異原性に8-oxodGの関与が疑われた。しかし、酢酸ウランでは多エクソン挿入や欠失などの大規模なゲノム再構成が多く生じており、酢酸ウランにDNA鎖切断やクロスリンクを引き起こす作用があることが示唆された。酢酸ウラン曝露による独自の変異は、放射線によるメカニズム、自然発生変異、フリーラジカルによる変異とは異なるものであった。」
ウランによる遺伝子変異メカニズムの研究で、化学毒性と放射線毒性のどちらが主体であるかを調べたものです。過酸化水素や自然変異による変異よりも大規模なゲノム再構成の割合が多く、これらとは異なる変異様式が疑われたとのこと。結論部分では放射線メカニズムとも異なると書いてあり、重金属であることからくる化学毒性を主原因とみなしているようですが、具体的にどう違うのかは要旨には書いてありませんでした。
「Nephrotoxicity of uranyl acetate: effect on rat kidney brush border membrane
vesicles.
酢酸ウランの腎毒性:ラット腎刷子縁膜小胞に対する影響
Arch Toxicol. 2006 Jul;80(7):387-93. Epub
2006 Feb 16.
Goldman M, et, al
Department of Pediatrics, Assaf Harofeh Medical Center
劣化ウランは腎毒性を引き起こす物質として知られており、湾岸戦争での曝露以来、未知の部分が多い腎毒性のメカニズムに関する関心が高まっている。ウランが腎毒性を引き起こすメカニズムおよび尿アルカリ化の治療効果を突き止めるため、我々はラットの腎臓刷子縁膜小胞(BBMV)を使用した。酢酸ウランは、BBMVにおけるグルコース輸送を阻害する。ウランの見かけ上のK(i)は、139±30マイクログラムウラン/ミリグラムプロテインであった。140マイクログラム/ミリグラムプロテインのウランは、グルコース輸送の最大容量を2.2±0.2から0.96±0.16nmol/ミリグラムプロテインへと低下させた。このとき見かけ上のK(m)には変化がなかった。このグルコース最大輸送速度の低下は、少なくとも部分的にはナトリウム結合グルコース輸送体の数の減少が関与しており、ウランで処理された膜に結合したフロリジンの減少によるとみられ、最大輸送速度は247±13pmol/ミリグラムプロテインから119±3pmol/ミリグラムプロテインへと減少した。溶媒のpHは、酢酸ウランによるBBMVにおけるナトリウム結合グルコース輸送体への毒性に影響を与えた。pH7付近では高い毒性を示したが、pH7.6ではほぼ毒性が消失した。これは腎皮質の尿細管腔側の細胞膜から分離した糖輸送システムに対してウラン化合物が直接抑制をかけ、その抑制がpHに依存しているということを示した最初の研究である。」
劣化ウランの腎毒性メカニズムを調べた実験で、とくに腎臓尿細管細胞の尿細管腔側細胞膜(刷子縁)にある膜小胞におけるグルコース輸送に焦点を当てています。グルコース輸送体の最大輸送速度が低下していて、劣化ウランが悪影響を与えたことが指摘されていますが、pHがアルカリ側だと毒性が出なかったということも示されており、この部分の尿pHをアルカリに保つような薬剤を投与すれば、腎障害を抑制できる可能性を示唆しています。本当にそうなるかどうかは細胞実験だけでは確証が持てませんけども。
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劣化ウラン弾の話 その13