劣化ウラン弾の話 その15

さて、いよいよ人間に対する影響の話。まずは誤射により劣化ウランが体内に残っている兵士の、その後の経過について。


「Depleted uranium exposure and health effects
in Gulf War veterans
湾岸戦争参加兵における劣化ウラン曝露と健康への影響

Katherine S. Squibb and Melissa A. McDiarmid

Department of Veterans Affairs Medical Center
Phil. Trans. R. Soc. B (2006) 361, 639–648

劣化ウランを含む弾薬による誤射を受けたアメリカ軍車両に乗っていた湾岸戦争参加兵のコホート研究において、劣化ウラン曝露による健康の影響は、1993年から注意深く観察が続けられている。このコホート研究では、劣化ウラン曝露を、尿に含まれる劣化ウランの量をICP-MS(質量分析器)にかけることにより、直接測定している。
劣化ウラン弾片が体に入ったままの兵士は、尿中ウラン濃度が上昇を続けており、弾片からのウラン溶出による前進への曝露が持続している。隔年の往診調査により、ウランの標的臓器とされている腎機能の早期の変化を調査すること、基礎的な臨床検査データを測定することを含む詳細な健康アセスメントが実施される。テストには遺伝子毒性の測定、神経内分泌機能・神経認識機能・生殖機能検査を含む。尿中ウラン排泄量の増加を除き、今のところウランが関与すると思われる臨床的に有意な変化は認められていない。しかし、尿中ウラン濃度が尿中クレアチニン1gあたり0.1マイクログラムを超えている兵士では腎機能と遺伝子毒性のマーカーに微妙な変化が認められており、これら劣化ウランに曝露した兵士において今後も観察を続けていく必要性が示されている。」


要旨はこんな感じですが、早速本文に入ります。



「はじめに

1991年2月から開始された第1次湾岸戦争における実際の戦闘期間は、日単位という比較的短いものであったが、それに関連すると推定された健康への悪影響の異物は不釣り合いなほどに長期である。湾岸戦争症候群や、説明の付かない症状などと名付けられた、帰還兵における症候群の一群は、科学的な関心と公衆の興味を引くこととなった。しかし、いくつかの「説明の付く」健康への悪影響が戦争終結から15年以上経って報告されている。これらのうち、もっとも研究されている例の1つが、劣化ウランの誤射を受けた兵士の一群を含むカテゴリーであり、劣化ウランが関与する健康への影響が被害にあった兵士に対して生じた。
 1991年2月の湾岸戦争開始から48時間で、6両のエイブラムス戦車と14両のブラッドレイ戦闘車に乗っていた115名のアメリカ軍兵士が劣化ウラン弾の誤射を受けた。劣化ウランは高密度の金属で、装甲貫徹力が高い。劣化ウラン弾が標的に命中すると、その「発火性」を発揮し、劣化ウラン微細粉末が高熱を発し、酸化ウラン粉末が標的内部および周囲に飛散する。徹甲弾が標的の装甲を貫徹する際には、劣化ウラン金属の小さな破片も形成される。
 これらの誤射により11名が死亡し、およそ50名の負傷者が治療を受けた。外傷が最初の結果だったが、劣化ウラン粉末による重大な創傷汚染、吸入および経口での曝露が戦闘車両乗員および救助者に生じ、劣化ウランで誤射された兵士の何名かは軟部組織内に劣化ウラン弾片が残された。劣化ウラン粉塵や破片に曝露した兵士それぞれの曝露レベルは異なっているため、調査の際にはどれくらい曝露したかを調べるのが重要な要素となった。」


ということで、誤射に巻き込まれた兵士の調査が始まりました。



「1.劣化ウラン調査計画の歴史

1993年、国防省のアメリカ兵士業務課が、上記誤射に巻き込まれた湾岸戦争参加兵の医学的健康調査プログラムを開始した。この調査で「劣化ウランに曝露した」とは、重大な劣化ウラン曝露を受けた可能性が非常に高いこと、つまり劣化ウラン弾に被弾した装甲車両内に乗っていたことを指す。健康調査に加え、このプログラムは軟部組織に劣化ウラン弾片が食い込むのを含む複数の異なる曝露状況に於いて、劣化ウランが体内に蓄積される量を測定する方法を評価・開発することも目的としていた。それに加え、弾片の外科的な除去や固有の医学的な結果も評価された。
 1991年、弾片の外科的な除去が、サイズや場所から判断する標準的プロトコルのもとで行われた。それに加え、さらなる弾片除去を行うに際し、外科的手術による死亡がおこる確率についても検討された。多くの兵士が10個以上の細かい破片を浴びており、最大で20mmの破片が組織内にあった。簡単に除去できる範囲の破片は取り除かれたが、除去することによる傷の方が大きくなってしまうような、小さく、到達困難な場所にある破片はそのまま残された。調査の隔年スケジュールは、1993年後半に約100名の誤射を受けた兵士に対して開始された。現在、接触できる環境にある約90名の兵士のうち、74名の兵士のデータを評価している。かかる費用は、3日間労働ができなくなることによる償還を含めて支払われているが、誤射を受けた兵士の中には健康調査における参加を必要と感じない者もいる。それぞれの隔年訪問に関与する参加者の数を表1に示す。

劣化ウラン曝露 非曝露 合計
1993-1994 33   33
1997 29 38 67
1999 21+29(新規)   50
2001 31+8(新規)   39
2003 32   32
2005 30+4(新規)   34

多くの「劣化ウランに曝露した」群は訪問のすべてに参加しており、年余にわたる臨床パラメータの変化を調べることが可能である。
1997年、発展したプロトコルを使用し、「劣化ウランに曝露した」群の兵士の健康ステータスが再評価され、湾岸戦争の間配備されていた場所や活動状況アンケートから判断して劣化ウランに曝露していないと判断された湾岸戦争参加兵との間で比較が行われた。この「劣化ウランに曝露していない」群の劣化ウラン曝露状況の分析は、全身の放射能測定および尿中ウラン同位体分析により証明した。

 1997年に行われた発展型健康調査プロトコルは、ウランに関して知られていることや推定されていることを基礎としており、不溶性金属弾片からのウラン吸収における独特の性質にも基づいている。少し修正された後、この発展型プロトコルは劣化ウラン調査プログラムの基礎として使用され続けている。」


今まで健康調査評価を受けたのは74名ということですが、1回の調査では30名前後で、継続的に調査を受けている人数は少ないとみられ、経年変化を追うのは難しそうです。調査プログラムは1997年に改定され、以降はそれに基づいた調査が行われているとのこと。



「2.天然および劣化ウランの毒性

劣化ウランは人体に対して放射線毒性および化学毒性を持っている。ウラン濃縮の副産物として生じる劣化ウランは、天然ウランよりも放射能が約40%ほど低い。王立学会が遂行した劣化ウランからの放射能の測定では、劣化ウランと接触する組織において、劣化ウランからの高エネルギー・低貫通力のアルファ線が組織線量率に最も大きく寄与していることが示された。娘核種であるPa234mから放出されるベータ線も組織を傷害するが、アルファ線の線量率に比べると10分の1以下である。
 劣化ウラン弾の誤射を受けた湾岸戦争参加兵の被曝線量の見積もりは、キャプルトーン劣化ウランエアロゾル(アメリカ陸軍重金属局の研究)により得られた酸化劣化ウラン空中濃度データを使用して計算された。異なる可溶性を持つ酸化劣化ウランの混合物の吸入による線量見積もりに基づき、50名における年間に被曝する実効線量(E50)のもっともあり得る値および最大値が計算され、それぞれ6レム・8.7レムという値が出た。これはアメリカでの一般人の年間許容線量である5レムを超えているが、NRCの計画する許容線量の10レムを下回る。組織への実効線量(HT50)は、骨表面、腎臓、骨髄、肝臓、肺など10の臓器を比較すると、肺が最も高いという結果が出た。肺におけるHT50の最もあり得る値および最大値は、それぞれ44および61レムである。
 天然、劣化、濃縮ウランが健康に及ぼす影響は、動物実験によって広く研究されている。1940年代からマンハッタン計画の一部として研究が始まり、ウラン工場の労働者が曝露するレベルは安全圏内にあるというデータがまとめられた。全体として、これらの研究では、天然ウランの曝露による健康リスクがウラン化合物の可溶性に左右されること、曝露経路とタイミングによることが示された。不溶性ウランの急性および慢性吸入は、放射線による肺組織障害を引き起こすことが分かった。また、可溶性ウランの急性吸入および経口摂取は、その化学毒性から腎臓に障害を与えることが分かった。慢性曝露を含む最近の研究でも、腎臓のウランに対する感受性が示されている。動物実験でも、職業上および環境上ウランに曝露した人に対する研究でも、ウランの慢性吸入および経口摂取で腎機能障害が引き起こされることが判明した。
 天然ウランや劣化ウランを使用した細胞での実験で遺伝子毒性、動物実験で癌原性が指摘されており、劣化ウランに曝露した兵士におけるガンのリスクについて関心が持ち上がっているが、職場でウランに曝露した群に対する研究では、いまのところヒトにおいて発ガン性を示唆する論文は出ていない。ウラン曝露群が肺ガンを発症する危険性が増えるという説は有力な証明がなされておらず、ウラン鉱労働者では肺ガンが増加しているが、天然ウランの10000倍の放射能を持つラドンの影響が大きいとされている。それに加え、骨がウランの長期蓄積に重要な器官として知られているが、ウラン曝露群で骨ガンや白血病が増加したというデータはない。職業上曝露したヒトと兵士を単純に比較できるかという問題はあるが、王立学会は、湾岸戦争でウランに曝露したヒトにガンのリスクが増える可能性は低いという立場を取っている。
 天然ウランおよび劣化ウランの毒性に関してさらに利用できる論文をもとに、劣化ウランに曝露した兵士の健康について、ウランの化学毒性および放射線毒性に焦点をあててみる。特に、重金属の標的となりうる腎臓などの臓器に対する劣化ウランの影響が調べられている。拡大した研究プロトコルが、1997年から湾岸戦争劣化ウラン曝露群に対して開始され、それは神経内分泌パラメーター、免疫学的パラメーター、生殖関連パラメーター、腎機能マーカー、遺伝子毒性測定を含むものであった。」


ここではウランの毒性を概説しています。これに関しては、これまでの劣化ウラン弾の話を読んでいればそれで済みます(笑)。また、劣化ウラン曝露兵への調査内容が腎機能、神経内分泌系、免疫系、生殖関連、遺伝子関連の異常を調査するものであるということも記載されています。

次は方法の話。



「3.人体要所および全身のウラン曝露量の測定法

定量的曝露量測定は、化学曝露による健康への影響を同定する調査研究において、最も重要な構成要素である。劣化ウランの場合、感受性の高い方法が劣化ウランの全身曝露を正確に測定するために必要となる。それに加え、劣化ウランの放射能は天然ウランよりも低いとはいえ、低レベル放射線による生物学的な影響に関する関心は、化学曝露と同様に放射線量を定量して健康への影響を図る必要性を導いた。

(a)全身放射線計測と放射線量の見積もり

湾岸戦争誤射群における全身放射能測定は、厚さ6-12インチの装甲板に囲われた前第2次大戦型戦艦の中という低背景放射線レベル環境内に全身測定チャンバーを置いて、実施された。劣化ウランのガンマ線誘起は、マクダイアミド氏の方法に基づき、NaI(Tl)シンチレーションを使用して測定した。2つのNaI(Tl)検知器(1つを上方、1つを被測定者の下方に置く)を使用して10分おきに全身7ヵ所の放射線量をカウントした。カリウム40の量は、体重から推定した。
 背景放射レベルが低いにもかかわらず、検知限界を超えた放射線が検出されたのは27名の「劣化ウランに曝露した」兵士中、9名のみだった。背景レベルよりも高い放射線スコアを検出した兵士は、全員、劣化ウラン弾片が体内に残ったままの者だった。「劣化ウランに曝露していない」兵士は、全員、検出限界以下であった。弾片が残ったままの兵士には、体内のどこに弾片が分布しているのかの情報を全身スキャンデータから割り出すことも行われ、弾片が劣化ウランなのか、それ以外の金属なのかを調べるため、小さなエリアでの直接放射線測定も実施された。
 放射線量の見積もりは、劣化ウランが体内に残った兵士の尿中ウラン排出量、体内に残った弾片からの時間依存性ウラン放出率データ、劣化ウラン弾片が体内に残った兵士の尿中ウランを10年間追跡調査し、ウラン予想放出率を算出したデータを元に算出した。一生のうち(50年)に放出される最大線量は0.06Svと推定され、NCRP1993年に勧告した限度の0.05Svは超えているものの、放射線関連職業従事者の限界である1Svは下回っていた。組織の最大被曝線量は骨表面が0.9Sv、腎臓が0.3Sv、肝臓と骨髄が0.1Svであった。これらはNCRPが勧告した放射線関連職業従事者における組織被曝限界である25Svをすべて下回っていた。重要なことは、放射線量の見積もりが劣化ウラン弾片から放出されるものだけで、吸入、経口摂取、創傷汚染などで摂取された劣化ウラン酸化物を含んでいないことである。」


まずは誤射を受けた兵士の放射線量の測定から。自然放射線の影響を排除するため、測定は装甲板でシールドされた戦艦の中で行うという入念なものです。シンチレータでの計測で放射線が検出されたのは劣化ウランに曝露した27名のうち9名。全員が弾片が体内に残っている兵士で、吸入などで曝露したとみられる兵士からは検出限界以上の放射線は検出できなかったとのこと。まあ微粒子の吸引などでは量が限定されるため、当然といえば当然の結果なのですけども。
他にもウラン弾片により被曝したと思われる線量を推定しています。結果、50年間被曝したとしても放射線関連職業従事者における許容線量を下回ったとのことですが、吸入など他の経路から体内に入ったものは含まれないため、これよりも実際の被曝線量は少し多くなると思われます。



「(b)尿中ウラン排泄量の化学的分析

キネティック・フォスフォレッセンス分析(KPA)による尿中総ウラン排泄量測定により、劣化ウラン弾片が食い込んだ15名の湾岸戦争参加兵は、酸化劣化ウランを吸入、経口摂取、創傷汚染のみで体内に摂取した者よりも尿中ウラン排泄量が大きく上昇していることが判明した。この研究および引き続き行われた別の研究で、尿中ウラン排泄量がウランの全身曝露量を定量化するのに適した方法であることが確信され、体内の弾片に含まれるウランや吸入・経口摂取したウランが血中に溶け出すことも間接的に証明された。
 微量の劣化ウランを探知し、劣化ウランと天然ウランの定性を行うため、KPAよりも感受性の高い測定方法であるICP-DRC-MSが開発された。この方法による尿中ウラン定量限界は、尿1リットルあたりウラン0.1ナノグラムであり、KPA200倍の感受性を誇った。尿中のウラン235とウラン238の比を10ng/lのレベルで計算することも、ICP-DRC-MSで可能となった。これにより天然ウランと劣化ウランを合わせて10ng/l以上含む尿サンプルから劣化ウランの量を計算することが可能となり、劣化ウラン曝露の直接の証拠を得ることができるようになった。ただし「DRC」部分の解析ではU235/U238の比が上昇する傾向があり、天然ウランの存在を間違って示す可能性がある。この問題を解決するため、マグネティックセクターハイレゾリューションICP-MSという方法や、サンプル準備方法を改善するなどの方法が取られた。これらの組み合わせで、尿中ウラン濃度が10ng/l程度のサンプルからU235/U238の正確な比を求めることが可能となった。」


ウランは主に腎臓から排泄されるので、尿中ウランの測定がウラン曝露およびその量を推定する上で重要な所見となります。劣化ウラン弾の破片を体内に残す兵士達は、それ以外の経路で劣化ウランに曝露した兵士達よりも尿中ウラン排泄量が多く、弾片からウランが血中に溶けて全身を巡っていることが判明しました。



「4.ウラン曝露アセスメント

湾岸戦争誤射群の劣化ウラン曝露量を定量化するための方法としては、全身の放射能測定は不十分であったため、尿中ウラン排泄量が劣化ウラン弾片および組織中からの劣化ウラン放出量測定法として採用された。2005年に発表された、湾岸戦争「劣化ウラン曝露」兵士の24時間尿中総ウラン排泄量分析の結果を図2(略)に示す。この群でのウラン濃度は、1グラムクレアチニン中0.003から44.1マイクログラムであった。この値は、一般人における飲料水からのウラン曝露上限(1リットルあたり0.365マイクログラム)以上であり、ウラン同位体分析の結果、尿サンプルからは劣化ウランが検出された。劣化ウラン弾片が体内に残っている兵士のうち5名は、飲料水からの曝露上限を下回っていたが、尿中からは劣化ウランが検出された。劣化ウラン弾片が体内に残っていないとみられる兵士のうち、1名からは尿中に微量(0.1マイクログラム/1gクレアチニン未満)の劣化ウランが検出されており、傷からの汚染、吸入、食事摂取で体内に取り込まれたものと思われる。劣化ウラン弾片が体内に残っているとされた兵士のうち1名は、同位体分析で尿中劣化ウランが検出されておらず、劣化ウランの含まれていない弾丸を受けたか、劣化ウランの放出が低すぎて検知できなかったものとみられる。その他、劣化ウラン分析を行えないほど尿中劣化ウラン濃度が低い兵士もいた。
 24時間蓄尿中ウラン濃度(マイクログラム/グラムクレアチニンで示す)の違いによる臨床パラメーターの差も調査された。兵士は0.1マイクログラム/1gクレアチニンを協会として高濃度尿中ウラン群と低濃度群に分けられた。正常尿中ウラン濃度に関して一般的に受け入れられた標準値というものは存在しないが、過去の文献でみられた正常人尿中ウラン濃度(6-22ng/L)や、土壌・地下水中天然ウランに基づく摂取上限(0.365マイクログラム/L)を参考に分類した。過去12年以上に渡り、高濃度群および低濃度群は6回の調査を受けた(結果は図3、略)。劣化ウラン弾片が体内に残った兵士では、尿中ウラン濃度はあまり低下しておらず、弾片からの慢性的なウラン曝露を受けているものと推定される。」


前述のように、放射線を測定しても大部分の兵士からは有効な値が得られなかったので、曝露している劣化ウラン量を示すものとしては尿中劣化ウラン排泄量を採用することにしました。図2では、劣化ウラン弾片が体内にある兵士15名のうち、10名は尿中劣化ウラン排泄量が0.1マイクログラム/グラムクレアチニンを超えていることが示されています。他の5名および弾片以外の経路で劣化ウランに曝露した兵士は、全てそれ未満でした。
ここでは尿中劣化ウランの量をクレアチニン1グラムあたりで表していますが、これは尿中に排泄されるクレアチニンの量がおおよそ1日1グラムなので、この単位で表せば一日尿中排泄量を近似できるために採用されたと思われます(尿量に左右されない)。ただクレアチニン排泄量は筋肉量に左右されるという特徴があり、対象が兵士なので、少し数値にズレが出ているかもしれません。

いよいよ調査結果。



「5.劣化ウランの健康への影響:調査結果

(a)臨床的アセスメント

バルチモア兵士医療センター(BVAMC)で兵士に対して行われた臨床的なアセスメントとしては、劣化ウラン曝露歴を含む病歴、医学的検査、臨床検査、放射線検査などが挙げられる。臨床検査は、血球検査、血液生化学検査、神経内分泌検査、免疫検査、遺伝子毒性検査を行った。精液の質も評価された。尿も採取し、ウラン排泄量や尿生化学検査を行った。被験者は神経認識検査を受け、最初の受診時にPTSDに対する臨床的評価も実施された。

(b)臨床的な発見

これまでも報告されてきたが、今のところ低濃度・高濃度曝露群の間に臨床的に大きな違いは見られていない。縦断的経過観察の結果を表3(略)に示す。単年度の観察結果では統計学的な有意差は出ていない。

(c)腎機能パラメーター

概して、腎機能検査の結果、低濃度・高濃度曝露群の間で統計学的な有意差は観察されていない。2003年の調査で、高濃度曝露群の血清リン酸濃度が低濃度群よりも高かったが、絶対値としては正常値の範囲内に収まっている。また、尿中リン酸濃度には差が見られておらず、腎機能障害の結果として生じた変化ではないと思われる。

 尿中のレチノール結合蛋白(RBP)は、最近の2つの評価で高濃度曝露群の方が高くなっているが、統計学的な有意差は出ていない。この低分子蛋白の高い排泄は、ウランによる腎臓近位尿細管細胞の蛋白再吸収抑制が関与している可能性がある。これからもRBPをウランによる近位尿細管細胞障害マーカーとして注意深く観察し続ける必要がある。

(d)血液学的パラメータ

このパラメータは、臨床的な結果の測定として追跡している中でもっとも価値のあるものである。これらのパラメータに影響する多数の要素が知られており、いろいろな観察を行うことができ、白血球分画を調べることによりさらなる情報を得ることができる。血液学的検査では血球分画などの値は正常範囲内におさまっており、ウラン排泄量の多少によるパラメータの差も認められなかった。

(e)血液生化学検査

代表的な血液生化学データ、電解質検査を行った。高濃度ウラン曝露群で若干の以上が認められたが、年を経ても継続した異常は存在しなかった。LDH1999年と2001年に高濃度ウラン曝露群で低濃度ウラン曝露群よりも上昇していたが、2003年にはその差が無くなった。肝機能を示すGOT2003年に高濃度曝露群で低濃度群よりも上回っている。

(f)神経内分泌機能

1つの例外を除き、ウラン曝露群の間で差は認めなかった。プロラクチン、FSHLH、テストステロン、フリーサイロキシン、TSHを調査し、2001年に高濃度群で遊離チロキシンとプロラクチンの低下を認めたが、2003年には両者とも有意差が無くなっていた。」


各種血液データは1994年、1997年、1999年、2001年、2003年に調査されています。詳細は以下の通り。

腎機能:尿中クレアチニン、尿中カルシウム、尿中4酸化燐、尿中β2ミクログロブリン、尿中間質アルカリフォスファターゼ、尿中Nアセチルβグルコサミニダーゼ、尿中総蛋白、尿中微量アルブミン、レチノール結合蛋白、血清クレアチニン、血清カルシウム、血清4酸化燐、血清尿酸
肝機能など:GPT、GOT、CPK、LDH、ALP
神経内分泌ホルモン:FSH、LH、プロラクチン、テストステロン、TSH、遊離チロキシン
血球機能:白血球、ヘマトクリット、ヘモグロビン、血小板、リンパ球、好中球、好塩基球、好酸球、単球

劣化ウランに曝露した兵士達は、これらのデータ自体には全て異常が見られませんでした。
尿中ウラン濃度が0.1マイクログラム/グラムクレアチニンを超えるか超えないかで2群に分け、両者でデータを比較するということも行っており、1999年にLDH、2001年にLDH、遊離チロキシン、プロラクチンで高濃度群の方が低濃度群に比べて有意な差を認めましたが、2003年には差が見られなくなったとのこと。かわりにGOTとレチノール結合蛋白で差が見られたとのことで、今後この差が顕著になっていくかどうか、新たな差や異常値が出現するかどうか、注意深く観察していく必要があります。



「(g)精液の性質

精液の質は、WHO1987年に分類したものであるが、縦断的調査プログラムに於いて曝露群の間での差は観察されなかった。精液の質のうち、精子の濃度と総精子量はウラン高濃度曝露群で低濃度曝露群よりも良い傾向にあった。

(h)遺伝子毒性

化学的および放射線学的なメカニズムによって潜在的に遺伝子毒性を持つウランを長期に曝露した際の影響についての証拠を収集するため、様々な方法で遺伝子毒性を調査した。リンパ球におけるシスタークロマチド測定も、点変異を調べるために実施された。染色体突然変異をクラスター生成障害法や、ヒトでの体細胞遺伝子変異を調べる際に最も広く用いられているヒポキサンチン・グアニンフォスフォリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)ミューテーション法で検査した。
 動物実験やウランに曝露した労働者、細胞実験ではウランの遺伝子毒性がいくつも報告されているが、本研究での結果はさまざまであった。HPRT頻度の結果は、ウラン低濃度曝露群と高濃度曝露群の間で有意差はなかったが、平均変異頻度(MF)は2001-2003年において高濃度曝露群が多かった。MFデータを尿中ウラン濃度の自然対数に対してプロットした場合、MFの分布は屈曲点を呈した。この屈曲は、尿中ウラン濃度の高い少数の兵士に由来しており、MFの増加には閾値があるものと推定される。しかし、姉妹染色分体交換(SCE)や、染色体突然変異には変化を認めなかった。変異のタイプの分析を詳細に行ったところ、HPRT法が我々の発見を支持した。2005年の調査で、我々は末梢血リンパ球DNAに対するFISH法をウラン曝露による遺伝子障害の染色体特異的ホットスポットをしらべる目的で実施した。この結果は、ヒトにおける劣化ウランの遺伝子毒性を調査する上で有用であろう。

(i)神経認識パラメーター

この調査が始まって以来、神経認識試験での反応性は、ウラン曝露の量にかかわらず、概して正常範囲に収まっている。それに加え、劣化ウラン曝露濃度の高低にかかわらず、統計学的な有意差も観察されていない。一連のコンピュータ化された試験(高濃度ウラン群において低スコアの傾向にある)に由来する精度スコアの違いが、統計学的には有意ではないものの、観察されている。この差は、重度の複雑な合併症を持つ2名の兵士のみに由来するもので、ウランが疑わしいという特質を作り出している。しかし、この調査活動の縦断的な継続には得るものも多く、今後も調査を続ける予定である。」


精液の性質で調べたのは、禁欲日数、精液の量、精子濃度、総精子数、運動精子率、直進運動精子数・率、高速直進運動精子数・率です。高濃度・低濃度曝露群間で有意な差はなかったものの、高濃度曝露群の方が精子の濃度と数が多かったということです。

遺伝子毒性で調べたのは姉妹染色分体交換、染色体突然変異、ヒポキサンチン-グアニンフォスフォリボシルトランスフェラーゼ変異頻度(HPRT)です。HPRT法の平均変異頻度で曝露群間に有意差が見られたとのことですが、姉妹染色分体交換や染色体突然変異には差を認めなかったということで、2005年からは末梢血リンパ球DNAの検査を追加して詳細を検討しているとのこと。

神経認識試験では特に異常や差は認めていないとのこと。ただ2名の兵士が「重度の複雑な合併症を持つ」と記載されており、病名などは記されていませんが、気になるところではあります。



「6.まとめ


バルチモアVA劣化ウランフォローアップ計画で、劣化ウランの誤射を受けた際に劣化ウランに曝露した湾岸戦争参加兵士を対象とした健康調査を続けている。尿中ウラン濃度は、劣化ウランが体内に残った兵士で増加し続けており、慢性的かつ全身的なウランへの曝露をうかがわせるものである。劣化ウラン曝露群の全ての兵士の体内に劣化ウラン弾が残されているわけではなく、ゆえに、劣化ウランを吸入したり、経口摂取したり、傷口から体内に入ったりした兵士の経過観察も同時に行っていることになる。尿中ウラン排泄量の上昇、尿中ウラン排泄量が1gクレアチニンあたり0.1マイクログラム以上の兵士における腎機能及び遺伝子毒性マーカーのわずかな変化を除き、予想されたような健康被害は出ていない。」


尿中ウラン排泄が認められ、劣化ウランに曝露したと思われる兵士達の間には、今のところ明らかな健康被害は出ていないとのことですが、高濃度ウラン排泄群と低濃度ウラン排泄群との間にはいくつかの検査で差が認められており、引き続き経過を追っていくことが必要と考えられます。



さて、次からは要旨集。


「A normative study of levels of uranium in the urine of British Forces personnel.
イギリス軍兵士の尿中ウラン量の基準研究

Miller BG, et, al.
Institute of Occupational Medicine, United Kingdom

目的:イギリス国防省は2003年のイラク戦争に従軍した人々に関し、ウランを含む生物学的モニタリング計画を実施している。この結果の解釈を補助するため、国防省は本研究を要請した。内容は、この戦争に従軍していない兵士たちの尿中ウラン濃度の基準参照分布を定量化することである。

方法:本研究では、戦闘職種・支援職種・予備役といった各職種、男女両方の性別、さまざまな階級から対象を選び出して訪問した。標準化されたプロトコルおよび補充質問事項を使用した。集められた125mlのスポット尿サンプルをウラン及びクレアチニン測定に使用し、可能ならばウラン238/ウラン235レートの測定も実施した。

結果:732サンプルを分析した。補正ウラン濃度は556nggクレアチニン超までで、アメリカで同様に測定された値よりもやや高かったが、フィンランドなどの花崗岩地質地域で測定された値よりはかなり低かった。同位体比率はウラン濃度の高い方から125サンプル(17%)で測定したが、すべて天然ウランの比率を示しており、劣化ウランの証拠は得られなかった。平均すると、尿中ウラン濃度は士官の方が他の階級よりも低く、軍別では海軍が最も低く、陸軍が最も高かった。個々人の値は、健康に影響を及ぼすような水準ではなかった。

結論:尿中ウランが天然ウラン由来であったので、我々は尿中ウラン量の差は天然ウランの摂取による違いであると仮定した。参照分布または正常値の定義は、対象となる母集団分布に依存する。」



イギリス軍兵士の尿中ウラン濃度を調べた実験で、イラク戦争に従軍していない、以降の研究で対照群に使えそうな人達を対象としています。実弾射撃訓練などで劣化ウランに触れる機会も無くはないでしょうが、尿中のウラン同位体比率は天然ウランのものでした。士官の尿中ウラン濃度が低い理由は不明。陸軍が海軍より高かったのは飲料水の関係かな。



「A normative value pilot study: Levels of uranium in urine samples from UK civilians.
正常値のパイロット研究:イギリス市民の尿サンプル中のウラン量

Jones AD, Miller BG, Walker S, Anderson J, Colvin AP, Hutchison PA, Soutar CA.
Institute of Occupational Medicine, Edinburgh, UK.

イギリスの一般人における尿中ウランの量を正常値として測定する研究は、劣化ウランを含む弾薬が使用された地域に派遣されたイギリス軍人・民間人と比較する際に必須である。本研究は、成人男性の24時間蓄尿サンプルを使用し、またスポット尿サンプルで測定した値との比較も行い、その有用性を評価した。被験者は25名。結果、24時間蓄尿サンプルでの測定幅は1から10.4ng/Lで、スポット尿では検出限界以下から38.1ng/Lであった。クレアチニン値で補正をかけると、24時間蓄尿ではクレアチニン1モルあたりおよそ100から800ng、スポット尿ではクレアチニン1モルあたり検出限界以下から4000ngであった。この結果は、アメリカ市民における調査とほぼ同じであった。スポット尿のクレアチニン補正ウラン濃度分布の95%信頼区間は、24時間尿の40-250%のレンジ内に収まっていた。クレアチニン補正は、スポット尿における尿中ウラン濃度の日内変動によるわずかな変動をほぼ完全に修正できた。すべての24時間尿サンプルおよび133のうち131のスポット尿サンプルは、ウラン238とウラン235の比が天然ウランのそれを示した。2つのスポット尿では比がやや上昇していたが、ウラン濃度が1ng/L未満とひじょうに薄いサンプルであり、測定が信頼性に欠けるものであった可能性がある。概ね、スポット尿における同位体比率の定量は、24時間サンプルのものよりわずかに変化が大きいという結果であった。ウラン濃度が低い場合、スポット尿よりも完全24時間蓄尿による測定が好ましいが、24時間蓄尿には論理的な困難さが伴う。尿サンプルの摂取に於いては、そのメリットを比較して採取法を考慮することが、幅広い研究を行う上で重要であると考えられた。」



こちらは兵士でなく一般市民を対象とした尿中ウランの研究で、イラクなど劣化ウラン使用地域に行った民間人の研究を行うときに対照群となる人達を対象としています。測定は24時間畜尿が確実ですが、民間人にそれを行わせるのは困難なので、スポット尿(一回尿)で代替できるかどうかも調べています。ただスポット尿の値の95%信頼区間は畜尿の値の40-250%であったとのことで、ちょっと不確実かもしれません。



「An incident study about acute and chronic human exposure to uranium by high-resolution inductively coupled plasma mass spectrometry (HR-ICPMS).
急性および慢性ウラン曝露に関するHR-ICPMSによる偶発事故研究

Krystek P, Ritsema R.
National Institute of Public Health and the Environment
Int J Hyg Environ Health. 2008 Jan 8

2003年から2005年にかけ、1700名のオランダ軍兵士がイラクで国際治安維持作戦に従事した。その際、4つのオランダ軍兵士の集団が、劣化ウランを含むとされる30mm弾を発見する偶発事故が発生した。急性曝露の主要な経路は、着弾時に生じるウランを含む小粒子の吸引である。急性曝露を測定する方法を開発するため、吸入経路にある鼻粘膜を採取し、効果的かつ最適であるか研究した。一般的に、天然ウランや劣化ウランに関する人での曝露研究は、尿が分析素材として使用される。尿中ウラン濃度は、日々の飲水および食事摂取により体内に入ったウランの量を反映する。2つめの可能性は、この偶発事故の後、吸入もしくは被弾によりウランの急性曝露を受けたというものである。それでもやはり、結果は慢性・長期の曝露に関する解釈のみを届ける。調査対象はウランに急性曝露した可能性のある偶発事故に巻き込まれた4名の兵士で、サンプルは鼻をゆすいで洗浄組織を採取した。ウランの定量にはHR-ICPMSを使用した。」


こちらはイラクで30mm劣化ウラン弾を発見したオランダ軍兵士に関する研究ですが、方法だけで結果が書いていないので何とも言えません。



「Chromosome aberrations as bioindicators of environmental genotoxicity.
環境遺伝子毒性の生物学的指針としての染色体異常

Ibrulj S, Haverić S, Haverić A.
Bosn J Basic Med Sci. 2007 Nov;7(4):311-6.
Faculty of Medicine, University of Sarajevo

NATOの劣化ウラン対戦車弾による航空攻撃のような、近年の戦争活動に由来するさまざまな潜在的遺伝子毒性物質の曝露があることから、我々は3つの地域から84の末梢血サンプルを採取し、染色体異常を測定した。1つめの地域はサラエボ周辺で、戦中から戦後に住んでいた30名を含んでおり、2つめの地域はNATOの航空攻撃の標的となったハジッチの戦車修理工場で働いていた26名の労働者であり、対照地域として戦争関連活動が行われていないポスジェの28名の住民を調査した。ハジッチの平均染色体異常頻度は他の2地域よりも有意に高かった。この頻度は、喫煙習慣および性別とは無関係であった。この結果から、劣化ウランがヒトの健康の危険因子である可能性が示唆される。」


ボスニア紛争激戦地であるサラエボと、劣化ウラン弾による攻撃を受けたハジッチの戦車修理工場周辺における染色体異常を調査した研究。戦闘がなかったポスジェを対照にしています。結果、ハジッチの染色体異常が有意に高かったとのことで、喫煙や性別との関連はなく、劣化ウランが疑われるとのことですが、調査人数が少ないのと、劣化ウランに曝露していたという証拠に乏しいのが残念。各群4-5桁名規模で尿中ウラン濃度も調べられれば説得力が増すのですけども。



「Depleted uranium and cancer in Danish Balkan veterans deployed 1992-2001.
1992-2001年にバルカン半島で従軍したデンマーク軍兵士における劣化ウランとガン

Eur J Cancer. 2006 Sep;42(14):2355-8. Epub 2006 Jul 20.
Storm HH, Jørgensen HO, Kejs AM, Engholm G.
Danish Cancer Society, Cancer Prevention and Documentation

レトロスペクティブなコホート研究を元に、われわれはバルカン戦争に従軍したデンマーク兵士におけるガンの危険性について調査を行った。とくに、劣化ウランと関連性が指摘されている白血病に関心を持った。1992年1月1日から20011231日までバルカン半島に派遣されたことがあり、バルカン派遣時にはガンが見つかっていなかった男性兵士13552名および女性兵士460名を200212月まで調査した。男性のうち84名、女性のうち12名がガンを発症したが、このうち標準発症率を上回っていたのは男性骨ガン(4名発症)のみであった。バルカン戦争に従軍した兵士で白血病や精巣ガンが増えているという報告も以前にはされていたのだが、そういった傾向は今回の研究では見られなかった。潜在的なリスク、健康チェック、電話相談および注意深いモニタリングに関し、素早く開かれたコミュニケーションを行い、デンマークにおける「バルカン症候群」に関する不安を打ち消すことが必要と考えられた。」



バルカン半島に派遣されたデンマーク軍兵士における疫学調査で、発ガン率を調べています。結果、発症率が高かったのは男性骨ガンのみで、関連が指摘されている白血病や精巣ガン含め他のガンは変化がなかったとのこと。ただ男性は10000人以上調べていますが、女性に関しては母集団が少ないので、特に女性の生殖器ガンへの影響に関してはもう少し調査がいるかもしれません。また、標準発症率より高かった骨ガンに関しても、発症者が少ないので率の差が大きく出た可能性もあり、他の研究や今後の経過を注意深く追っていく必要があると思われます。



その2に続く


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