<ヌーア>:鷹撃2型・海外シリーズ(対艦ミサイル)を参照。
<ヌードセン>:アメリカ海軍敷設駆逐艦。1945年3月25日、特攻隊と基地航空隊の攻撃を受けて損傷した。参考:第2次大戦日本海軍作戦年誌
<ヌードリ>:ロシア軍が開発中の地上発射型対衛星ミサイルPL-19。弾道ミサイルや衛星の迎撃能力があり、14Ts033移動発射機に搭載され、A-235弾道ミサイル防衛システムに組み込まれるらしい。2015年にアメリカが最初の発射実験を確認した。2018年3月26日、発射試験を実施。2021年11月15日、地球を周回する衛星に対して初の発射試験を行い、衛星を破壊した。デブリ1500個以上が発生し、国際宇宙ステーションISSの宇宙飛行士が退避する羽目になっている。参考:月刊軍事研究2,’16、2,'19、朝雲
<ヌービアン>:TF/AC4(トラック)を参照。
<ヌカツー>:日本海軍士官のスラングで、抜かずに2回性行為をすること。参考:帝国陸海軍事典
<ヌグラーライ>:インドネシア海軍クロード・ジョーンズ級護衛艦Ngurahrai。元はアメリカ海軍クロード・ジョーンズ級護衛艦DE-1036マックモリスである。1974年就役。参考:月刊世界の艦船9,'96
<ヌジャムブール級>:セネガル海軍哨戒艇Njambour級。フランスのSFCN59m級を導入したものである。兵装は76mm砲2門。参考:THE MILITARY BALANCE 2016
<ヌスラ戦線>:シリアのアルカイダ系イスラム過激派組織。2016年7月、アルカイダから離脱してシリア・ファタハ戦線に改称した。参考:月刊軍事研究2,’17
<ヌスレット級>:トルコ海軍敷設艦Nusret級。機雷400個を搭載する。参考:ミリタリー・バランス1989-1990、The Military Balance 2001・2002
<ヌドソン>:APD-101(高速輸送艦)またはDE-591(護衛駆逐艦)を参照。
<ヌビアン>:F36(駆逐艦)を参照。
<ヌビアン>:イギリス海軍F級駆逐艦Nubian。ソーニクロフト社が建造した。1916年10月26日、ドーバー海峡でドイツ海軍水雷艇の雷撃を受け、艦首を切断した。その後チャタム海軍工廠に運ばれ、駆逐艦ズールーの艦首と繋ぎ合わされて駆逐艦D99ズビアンになった。参考:月刊丸4,’17
<沼風>:日本海軍野風型駆逐艦3番艦。大正11年7月24日竣工、一等駆逐艦に類別された。昭和18年6月6日、千島列島の片岡湾で衝突事故を起こして大破した。12月18日、沖縄東方でSS-208グレイバックの雷撃を受け沈没した。昭和19年2月5日に除籍された。参考:日本駆逐艦史、第2次大戦日本海軍作戦年誌
<沼田弾薬支処>:陸上自衛隊の弾薬支処。1990年3月26日、北海道補給処隷下に沼田分屯地で新編された。参考:北海道補給処ホームページ
<沼田分屯地>:陸上自衛隊の分屯地。所在地は北海道雨竜郡沼田町字沼田1142-1。1990年3月26日に開設され、沼田弾薬支処が置かれた。参考:JGround
Vol.23
<沼田分屯地(2015年)>:北海道補給処沼田弾薬支処、第301基地通信中隊沼田派遣隊、第119地区警務隊沼田派遣隊が駐屯する。参考:陸上自衛隊パーフェクトガイド2015
<沼津海軍工廠>:日本海軍の工廠。静岡県沼津にある。電波探信儀と航空機用無線機を担当する。昭和18年6月に創設された。参考:月刊世界の艦船9,’13増刊
<沼津海浜訓練場>:陸上自衛隊の演習場だが、在日米軍の地位協定に基づく米軍専用区域に指定されている。静岡県にあり、面積3万平方メートル。参考:月刊軍事研究4,’10
<沼ノ端飛行場>:日本陸軍の飛行場。参考:月刊JWings11,’18
<ヌマンシア>:F-83(フリゲート)を参照。
<ヌルカ>:BAEシステムズ・オーストラリア社が開発した艦船用デコイシステムNulka。ロケットモーターやデジタル飛翔制御装置を内蔵した全長2m、直径0.2m、重量67.5kgの円筒の上に電波放射器を取り付けたもので、箱形連装発射筒から射出され、30分間(55秒以上?)空中に留まり、発射艦から離れながら発射艦のRCSに相当するI-Jバンド(8-20GHz)の電波を放射し続ける。アメリカ海軍がMk53デコイ発射システムDLS(Decoy
Launching System)及びMk234アクティブ・デコイとして採用し、開発に参画したオーストラリア海軍、カナダ海軍も装備した。輸出許可が下りたため、ニュージーランド海軍、海上自衛隊、NATO諸国でも採用されるかもしれない。参考:月刊世界の艦船1,'15増刊、5,'22、月刊軍事研究1,’08
<濡れアスペクト比>:Wetted aspect ratio。主翼スパンの2乗を機体濡れ面積で割ったもので、胴体(抗力源)に比べて主翼面積(揚力源)が大きいほど値が大きくなり、空力性能が高いことを示す。同種の機体間(ジェット輸送機、引き込み脚プロペラ機、固定脚プロペラ機など)では最大揚抗比と相関関係がある。参考:航空機設計法
<ぬわじま>:MSC-657(うじしま型掃海艇)またはMSC-662(はつしま型掃海艇)を参照。
<怒和島>:日本海軍測天型敷設艇13番艇Nuwajima。昭和17年11月15日竣工、佐伯防備隊所属となった。昭和18年5月、佐伯−パラオの船団護衛を実施。9月、佐伯を基地として船団護衛を実施。昭和19年7月から沖縄輸送船団の護衛を実施。昭和20年2月、第18戦隊に編入され、機雷敷設を行った。3月1日、石垣島付近で艦上機の攻撃を受け損傷した。4月30日、大分県佐伯湾大入島の南東で爆撃を受けて大破し、海岸に擱座した。終戦後は武装を撤去されて放置されていたが、その後解体された。参考:第2次大戦日本海軍作戦年誌、写真集日本の小艦艇、小艦艇入門、月刊世界の艦船5,’91
<ヌンホル島上陸作戦>:太平洋戦争中の昭和19年5月24日、日本軍はビアク島の西にあるヌンホル島に第35師団ヌンホル支隊を進出させ、元々配備されていた飛行場設営隊1600名と合わせ3000名を配置、3つの飛行場の防備にあたらせた。アメリカ軍はビアク島の制圧をほぼ終了した6月20日からフィリピン攻略の足がかりとなるヌンホル島への爆撃を開始、7月1日までに爆弾8000トンを投下して日本軍守備隊施設の大半を破壊した。7月2日、艦砲射撃の後にアメリカ陸軍第158連隊戦闘団がヌンホル島に上陸を開始。日本軍は夜襲で反撃したが、砲爆撃で戦力の大半を失っていたため、7月5日には兵力が後方要員のみ500名弱にまで減退し、ゲリラ戦に移行した。8月18日、日本軍守備隊は軍旗を埋め、指揮官が自決、玉砕した。参考:激闘!太平洋戦争地上戦、歴史群像4,’16